先日、ある男性がお母様の介護をされていて、世間で話題の 「頑張らない介護」 に物申す、という記事を読みました。
頑張らずして今の介護はない!というものです。

私もブログタイトルに 「頑張らない」 と付けています。
頑張ると自分がつぶれるのがわかっているから、タイトルにあえて付けました。



でも、嘘です。



頑張ってます。
めっちゃ頑張ってます。
ヘトヘトになって、クタクタになって、なんでできないの?なんで分かってくれないの?と、どんどん自分を、そして母を追い込んでいます。

これは元気だった頃の母と、今の母とのギャップがありすぎて、受け入れられないからです。
イラつく自分の中に、冷静に分析している自分もいます。


頑張らない介護という本の中に

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1.一人で介護を背負い込まない
2.積極的にサービスを利用する
3.現状を認識し、受容する
4.介護される側の気持ちを理解し、尊重する
5.できるだけ楽な介護のやり方を考える
介護される側だけを大切にするのではなく、介護する側も、自分の人生で譲れないものは譲らずに介護することが大切。介護する側が幸せなら、介護される側も幸せになる、そう信じることが大切。

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らしいです。

積極的にサービスを利用する・・・日本には 「姥捨山」 という風習がありました。
働けなくなった親を山に捨てに行くというものです。
毎週母をショートに連れて行くときの罪悪感。
姥捨山のように捨てに行くわけじゃないけど、罪の意識に押しつぶされそうになりながら連れて行きます。
罪悪感の上にある幸せなんて、あるわけないです。


自分のことも大切に。。。したいけど、できないから介護してる人は皆苦しんでる。


しかも締めくくりには 「そう信じることが大切」 って・・・。
ほんとはそうじゃないって言ってるじゃん!


今週も母はショートに行っていました。
介護する側が幸せなら、される側も幸せ。


そうでしょうか。



介護する側が幸せと思えるのが自分の時間を持つこと、そして介護される側が幸せと思えるのが家族の笑顔に囲まれ過ごすこと。。。だとしたら
どこにも一致点が見つかりません。

介護職の方達のお給料はさして上がらず、介護制度を利用するものには負担が増え、少ない職員さんに定員いっぱいの認知症老人。
そんな世の中で、 「介護する側が幸せ」 と感じるときがあるんでしょうか。
当然、介護される側もそんな状況で幸せなんて感じてないはず。
いくら認知症でも、何十年と生きてきた人生の先輩ですよ。
ボケたって、しゃべることが十分にできなくたって、感じてることはあるはずです。
それをちゃんと言葉にしてただ伝えられないだけ。。。



しかも、この本の紹介文が

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本書を読めば、あなたの介護が少しだけ楽になり、介護が少しだけ面白くなり、老人の気持ちが分かり、家族の絆が深まるだろう。

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面白いでしょうか。
天と地がひっくり返っても、そんな風に思うことはないです。


この人、実際に介護をした事がないんでしょうね。





          やったことない人には、どこまでいってもわからない。

         一般論があまりにも 「ひとごと」 すぎて、笑っちゃう・・・