●「イヤイヤ期」の2歳児との日々~家庭での「共感で、しつけ・教育」~
子育てが始まって2年半になります。
子どもと向き合う日々は試行錯誤だなと感じています。
産んでしばらくは、自分の子ども時代の
感情が浄化されていなかったみたいで
そのせいもあって、「子育て」がなんだかわからず
産後鬱も経験しました。
子育てに希望が持てない。
「子どもと向き合う」ということが
よくわからない。
「よくわからないから、人並みな子育ては出来ない」思っていた。。
そんな私が、子育て中の一コマを話したときに
「いい話だね」って言ってくれた方がいました。
「そうか、これっていい話なんだ」(驚)
自分の子育てにちょっと安堵した瞬間でした。
「他人に、自分の揺らぐ気持ちや行動を
承認してもらえること」が、安堵や自信につながるってこと
そういうの、あるなぁって思いました。
「あぁ私って、ようやく娘と向き合うことができつつある、といえるかも」
そんなふうに思えます。
まぁちゃんの一言に勝手に祝福も感じました。
とても嬉しくなりました。
まぁちゃん、ありがとう。
娘は今、2歳半。
いわゆるイヤイヤ期です。
イヤイヤ期は親のあり方を試されるな。
そう思うことしばしばです。
そんな中で起きたある日の出来事を
個人的な出来事ですが記事にします。
意図していなかったけど
共感することが、しつけ・教育につながる。
そんなことが できるみたいです?!
よかったらおつきあいください。
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ある朝。
出かけようと靴を履き、娘にも「靴を履こう」と
促していた私。
玄関で隣同士に座って靴を履いていた2歳の娘が
私のしていたネックレスをしたいと
引っぱろうとしました。
私は、そのネックレスを取り外すのは「面倒だな」と感じました。
なので
近くにあった 別の、
頭から被るだけでOKなネックレスを
娘に「これにして」と
娘の頭からかけようとしました。
そうしたら
気にくわなかったようで
娘にそのネックレスを床にバーンと投げつけられました。
ちょっとムカッ イラッときました。
娘の立場になって考えると
娘は、私が渡したネックレスではなく
私が首につけていたネックレスのほうが欲しかった。
欲しいものと違うものを与えられて
娘も「ムカッ」ときたみたい。
ただ、娘はそれを言語で伝えることが今はまだできない。
でも表現したい。
それで、投げた。
・・・・・わかります、わかるよ・・・・
それでも
でもでも
私は娘にイラッときました。
床に投げられたネックレスを拾った私。
それから私はこう娘に言いました。
「 「投げてごめんなさい。」って言って。」って。
そう、娘の口から聞かないと 私の気が済まなかった;
私、自分のお気に入りのネックレスが投げられて
悲しかったのです。
ここで謝ってもらえると
私の気は少し済むと思った。
ところが、娘は謝るのを拒否しました。
ウワテです・・
で、何度か押し問答。
私 「謝りなさい」
娘 「やだ」
私 「謝って」
娘 「・・・ごめんなさい。」
私 「投げてごめんなさい って言える?」
娘 「・・・・やだ」
けっこうしつこく繰り返したと思います。
でも、謝らない娘。
間に挟みますが・・余談です。
私は、「コントロールをする母親」像に嫌悪感を持ってることに最近気づいたのです。
それを 以前、まぁちゃんに話したら
「まず誰かをコントロールしてみたら」、とのワークを出されていたのです。
なので、ここで、「そうだ、娘を「謝らせる」ようコントロールしよう」、
と実験していました。
(こんな中でもちょっと冷静な私・・)
・・・余談おわり。
私は、どうしたものか・・と考えました。
娘の持っている「しまじろう」人形に目が留まりました。
で、それを娘の腕の中から取り上げて、
娘が私のネックレスを投げたように
私も「しまじろう」を投げました。
そしたら娘は号泣・・・
私も「ここまでするものか・・・」と
ちょっと苦しくなった。
でも
後にひけない・・・
私が「しま○ろう」を投げた後、娘にこう言いました。
「しまちゃんを投げられて悲しかったでしょ。
ママも、お気に入りのネックレスを投げられて
すっごい悲しかった」
「ママも謝るよ。」
「投げてごめんなさい」
「○○ちゃん(娘の名前)も ママに
「投げてごめんなさい」って言える?」
・
・
・
それでも、娘は謝らない。
私は 「ここまでするか?!」って自分に疑問を投げかけながらも
「しま○ろう」を投げて
娘に自分の気持ちを伝え、
(「しまちゃんを投げられて悲しかったでしょ。
ママも、お気に入りのネックレスを投げられて
すっごい悲しかった」と。)
さらに、娘にも謝らせるように
3回ほど繰り返しました。
3回ほど「しま○ろう」を投げたのです。
お人形を投げるのは
ちょっと、ほんまに申し訳ない気持ちがしました。
祟ったらどうしよう・・とか;
3回ほど繰り返すと
もう、娘は号泣を超えて大号泣。
玄関先で繰り広げているので
異常な泣き声が外に聞こえたら
「虐待と思われるのではないか」
そんな恐れも抱きつつ・・・
もはや 今や 娘自身が何がなんだかわからなく
混乱している状態だったので
娘をちょっと落ち着かせようと
私は、押し問答をやめ、
娘をぎゅっとハグして背中をトントン・・・1分くらいしていました。
ちょっと娘が落ち着いてきたところで
もう一回 こう伝えました。
「お気に入りのネックレスを投げられて
すっごい悲しかったよ」
「気に入っているものを投げられると
悲しいよ」
「○○ちゃんも しまちゃん 投げられて悲しかったね」
「だから一緒に謝ろう」
「投げてごめんなさい」
・
・
・
すると 娘もようやく
「投げてごめんなさい」
そうはっきり言葉にしました。
もう一度ぎゅーってしたかな・・・
そのあとは
お互い、晴れやかな顔で外に出ました。
≪おわり≫
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ここ何カ月か、娘は思い通りにならないと
言葉がまだ追いつかず、モノを投げ飛ばす(けっこう力が強いです;)
という手段に出ているのを見ていた私。
気にかかっていました。
そんな中だったので
一度、娘とじっくり向かい合うことができて、
良かったのかな、と思います。
でも、やっぱり子育てに自信がない私は
まぁちゃんに「いい話だね」って言ってもらうまでは
後味がスッキリしない状態・・・
・・・この出来事が終わったあとも、揺れていました。
今回のケースでは、私は「コントロールに失敗したんだね」と
まぁちゃん。
「だから、コントロール以外の方法を考えた。」
「そして、考えたのが「共感」するということ。」
「共感をもって 娘ちゃんを しつけ・教育できたんだね」
さらに、
「他にもいい方法が この場面ではあるのかもしれないけど」
という前置きがあったうえで、
「いいんじゃない。いい話だね」って。
そうおっしゃいました。
・・・しつけや教育を意図していなかった私ですが、
こういうのをしつけとか、教育というのか・・・と
思いました。
まぁちゃんにこんな風に言ってもらえたこと
とても励みになりました。
子育てって正解がない。
「毎日毎日 ここでどうすればいいの?」
と手探り状態。
子育てって親自身が認められないことが多い。
そんな暗中模索の中での私的な行動を
伝えることができる人がいることに感謝。
聴いてくれて、認めてくれる人がいることに感謝です。
そして、そして。。
日常の一コマを表現した稚拙な文章に
ここまでおつきあいいただいた あなたへ。
ありがとうございます。
「子育てとコントロール」については
もう少し、考えを深めていこうと思います^^