「人の振り見て我が振り直せ」
昔の人って凄い。こんなにもしっかりと当てはまる言葉を生み出せるんですよ。
専門的用語を使っているわけじゃないからわかりやすくて伝わりやすい。
でもこの言葉何でかわからないけど、マイナスの意味で捉える人が多い気がする。
人の悪い所を見て、同じ事をしないように。みたいな。
「自分がされて嫌なことは相手にしちゃいけない。」
これもそう。
何で日本人は悪い方で例えるんですか。
というか、悪い事は真似しちゃいけない という割に いい事を真似するっていうのはあまり無い。
私は 「自分がされて嬉しい事を相手にもしなさい。」のほうが世の中明るくなりません?
もちろん、悪いことは真似しちゃいけないけど、結局悪いことなんだって知るのって自分が怒られたときだと思う。
一回してみて怒られなきゃわからんって。
それならいい事真似たほうがいいとおもう。いい事だって、やっぱ自分がやってみて褒められたときにあ、これはいい事なんだって思えるんだから。
でも、怒るのも褒めるのも実はすごく難しい。
的確に何がいけなくて何がいいのかちゃんと伝えないといけないから。
大人だって同じ。会社に入って、新しい色んな体験をすると思う。
「これは上手くいった。」
「これは上手くいかなかった。」
ひとつひとつの体験の後に自分を振り返って見たときこのどちらかが出てくればその体験は経験となる。ただ、楽しかった とか 疲れた とか しんどい とかで止まってるようじゃ、ただの体験で、自分のものにならない無意味な時間になる。
そんな時間過ごしてなんになる。
5分でも10分でも自分を知る事からはじめないと。
それが、人の振り見て我が振り直せって言葉の一つの意味だと思う。
自分だって人なんだからまず自分を見る事からはじめてそこから振り直していかないと。
折角人間は成長できるように出来ているのに勿体無い。
小学生の間はまだ何が良くて何がいけないのか教えてくれると思う一緒に考えながら などの方法で。
でもそれが次第に減っていって社会人になると怒られる事は増えるけど褒められることは減る。と思う。もしかしたら怒られる事すら減るかもしれない。
そんなとき、小学生の頃どうやって自分を見つめ直したのか思い出して、順を追って自分で自分を怒って褒めなければいけない。
怒ることも褒められることもされなくなった人は、それ以上には絶対に進めない。私はそう思う。
言葉で言うのは簡単だ。わかってる。
自分を見つめるなんてこと簡単に出来なくて何日も何日も考えると思う。でも考えれば考えるだけ成長するんじゃないかな。
自分を知らない人に進化は訪れない。