今日は、天使の娘ここちゃんの
1回目の月命日。

あの日から1ヶ月たった。

私の心はあの日に置き忘れてきていて

時間が過ぎていることが、心とずれていて気持ち悪い感じ。

あの日、何があったのか

徐々にブログに記録していこうと思ってます。



1ヶ月

長かった。

毎日つらいけど、精神的にはひどく落ちている日と少しだけ悲しい日と、浮き沈みがあります。


体の痛みはほとんどなくなり、日常的な家事もひととおりできているけど、

洗濯物を床になげつけて、「どうして私は今こんなことしてんだよ」と泣きながら怒りの感情がでてきたり、シャワーを浴びながらしくしく泣いたり、床を雑巾で拭きながらつーっと涙が頬をつたったり、泣きながら家事をすることも多いです。

SNSに死産のことをアップしてから、いろんな方からのメッセージで、その度にいろんなことを考えて、

私の中で「こうだ!」と考えていたことが
がらっと変わったりしてます。

様々な声をきくのも悪くはないですね。

でもきっと、悪くないと思えるのは、
そこに愛を感じるから。

みんな、私のことを思ってくれている。
心配してくれている。
なんて声かけていいかわからないのに、必死に言葉を探してメッセージしてくれる。

その思いが伝わってきて、
素直に嬉しいと思えた。

私は、周りの人たちが気を使うだろうなぁってかんがえすぎず、素直に自分のありのままの気持ちをつづったから、、かな。


人は支えられて生きているって実感した。

生きるって、苦しいこともいっぱいだけど

こんなに素晴らしいことなんだよって

天使の娘ここちゃんに伝えたかった。



いや


今でも伝えられる。

返事は聞こえないけど、

ここちゃんのことを考えて

心から伝えたいことを思えば

伝えられる・・・気がする。



昨日の夕方頃から、何となく
【天使になった娘ここちゃんは、お空にはまだかえってない】
と思っている。
四十九日も終わってないし、仏教?的にも魂はまだ地上にいる、、、ということもあるけど
ましてや
骨壷のところにもいない
と思っている。

じゃあ、今ここちゃんは
どこにいるのか?


私は、

私のすぐそばにいる

って思いはじめている。


だって、骨壷に話しかけても何だかわからないけど違和感を感じていて。
線香をつけても、けむいし慣れないにおいだし、正直その場にずっといたいとは感じなくて。

ただ、考えるとつらいから逃げたいだけなのかと思っていたけど、
友だちのJさんに借りた本を泣きながら読んだら、よりいっそう

ここちゃんは側にいるって

思えてならない。



読んだ本については、また後日おしらせしますね。



でもでも、お花やお菓子やぬいぐるみはお骨の前に沢山あります。
今日は月命日だったから、お花を買ってきたし。

夫の両親からも、今日お花が届いて。
(夫両親は隣県在住)

かわいいフラワーアレンジに、嬉しくなった。



なんか、前向きのような文章を書いているけど。

実際のところ、前向きにはなれてないと思う。

心が止まっているのは本当。

でも、ここちゃんがそばにいるって考えるのも本当。


もしかして、人間の事故防衛本能?的なもので、自分を守るために、嬉しいという気持ちを自分の中で発生させているのかな?


今はそうなのかも。
明日は、やっぱり考えがかわるーとかあるかもですが。



悲しいな。

悲しいときは、泣こう。

[死産後31日目(1ヶ月)]