またまた自分のメモより。

『いつも黙っていたわけではないかも。おばあちゃんちに行きたいと泣いて、じゃあおばあちゃんちの子になるか?って言われて、悲しくて、なる!って言って、おばあちゃんちに遊びに行かせてもらえたことあった。言いたいこと言えてた!

私は子供に怒るけど、お父さんやお母さんは怒らないでってこの前実家で言えた。けっこうスッキリした。』

私はかなりのおばあちゃん子で、成人してもかなりおばあちゃんには会いに行っていました。

そんなおばあちゃんちに行きたいと泣いて主張した記憶が出てきたようです。

ずっと言いたいことを我慢してきた。

我慢してきたことで苦しんだと心のしくみを知って、やっと自覚した。

でも自分の主張を泣いて通したこともあったんだ!と、「ある」の方にもやっと目が向けられるようになったんだな。

そして、最近もお正月に帰省したときに、両親に自然に言いたいことを言えてたんだと、やっと気づいたんだ。

「ある」に目が向けられるようになっているという、その時点での進歩に気づけていたんだな。