愛があったらどう捉えられるかって
考えるのは大切。
でもその前に自分の悲しかった
とかの感情に寄り添うことも大切。
昨日はその自分に寄り添うことの
大切さを実感しました。
私はなぜか休日の夕食を作るのが
平日よりすごくしんどくて、
昨日もなんとか自分に優しく、
丼にして簡単に、
自分の食べたいものも作る、
ということで乗りきろうとしていました。
(でも今思うと、昼食は外食したから、
なんとか作らなければ、
野菜を食べなければという思いは
手放せてなかったな)
麻婆丼と春雨サラダとゆで野菜。
夕食を作っているとき
子供たちはテレビをみてて、
夫は寝てる。
私のなかで夕食の開始時間を
平日と勘違いしていて
早めに作っちゃったんです。
でも子供たちはまだテレビを見るので
ひとまずあーあ頑張って早く作ったのにと
がっかりしていました。
ここからネガティブモードに
なりそうだったのでお風呂に入りました。
お風呂で少し自分に寄り添って
気分も切り替えようと。
でも後から思うと寄り添うんじゃなくて、
ごまかそうとしていたみたい。
ごはんが始まったら
ごはんに麻婆かけちゃってるのに、
ふりかけごはんがいい!と言う次男。
じゃあおかわりのごはんにかけようと、
冷凍ごはんを早めに解凍しておきました。
食べ始めたらまた次男が、
はるさめが箸ではさめないので
もう出さないで!と言ってくる。
ママのおバカを連発!
私はママが好きなはるさめだから
また出すよーって
自分の気持ちも出してみたり。
そのあとに夫が一番に食べ終わり、
おかわりをすると言ったけど、
事前に解凍したごはんは子供たちのだから、
ミニカップ麺を食べようかなと言い出す。
そんなこと言い出したら、
子供たちもふりかけごはんより
カップ麺を食べたくなるに決まってて、
また揉める。
私はもうなんかイライラしそうだったので
その場を離れました。
いつもなら三男の食事の介助とかを
食べ終わったんだからしたほうがいいかな
とか考えてそこに留まっただろうけど。
1人になって髪を乾かしながら
自分に共感してたら、
いろんな思いが出てきた。
そもそも休日の夕食を作るのしんどいよね。
自分の勘違いだけど早く頑張って作ったのにね。
作ったごはんよりふりかけごはんだ、カップ麺だって、なんか私の気持ちを雑に扱われたみたいで悲しかったよね。
そしたら自分でも思ってもみなかったけど
涙がすごい出てきてびっくりした。
私、夕食のことだけで
こんなに悲しかったんだ。
こんなに疲れてるんだ。
それをやり過ごそうとしてたんだって。
悲しかった感情を出しきったら
本当に自然に愛があったらで考えられた。
次男だってこんなに私を泣かそうと思って言ってないよね。
ただ春雨がはさみにくかったんだね。
ただふりかけごはん、カップ麺が好きなんだよね。
その気持ちを出せたことはいいことだったよね。
夫だってカップ麺の賞味期限を考えていてくれたみたいだったし優しさだったのかな。
夫も私が食卓から離れてから私が苦手な子供たちの気持ちをそれぞれ聞いて、解決するということをしてくれたんだよね。
今までも頭でわかってたはずなのに
まず自分に共感して寄り添うことが
大切だって実感した出来事でした。
こんなしょうもない話で泣いたのかとか
すごく恥ずかしいけど、
私にとっては大きいことでした。
もっとラクに、スッキリいこう!