「2年生の頃」

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部活に慣れてきた

クラリネットに後輩は入らず
まだ先輩に甘えられた

しかしこの頃に
ウチらはやってはいけない事をした

ミーティングでいつも怒る
部長や幹部に対して
何故だか不満があった

深い理由なんてない

いわゆる中二病?ってやつ

ウチらは59と60の女子みんなで
部長に手紙を書いた

部活の不満
部長への不満
とりあえず何でも良いから
不満をたくさん書いた

そして部長に渡した

この手紙で
部長と幹部はすごく悩んだらしい

その時はなにも感じないで
ただ不満を伝えて
満足感にひたっていた

今だからわかる

あれは
やっちゃいけない事だった

なんであんなこと
しちゃったんだろう

部長や幹部は
必死でウチらを引っ張っていた

そのときの部長が
引退した日の夜に
メールで
「ごめんなさい」
と言ったのを覚えてる

直接は言えなかった
けど謝らなくちゃって思った

メールが精一杯だった



そんなあたし
実は部活を1回もさぼらなかった

不満の手紙を書いといて
出席率はかなり良かった

あたし以外の59女子全員が
さぼった日も何日かあった

けどあたしは
1人で音楽室に向かった

結局は部活が大好きだった
「1年生の頃」

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あたしは今でも
不思議に思う

なんで管弦に入部したんだろう??

楽譜は全く読めなかったし
クラリネットは見たこともナイ

しかも絶対に運動部に
入ろうと思っていた

けど気づいたら
管弦に入部していた
クラリネットを手にしていた

入部したときやりたかったのは
クラリネットに似ている
オーボエだった

あのリードだけで鳴らす
キューキュー
って音に憧れた

しかし楽器希望用紙には

「第1希望:クラリネット」

って書いていた

オーボエのあとに見た
クラリネットの先輩の
指さばき?っていうか…
キーをカチャカチャと押す姿に憧れた

しかしクラリネット希望は
あたしの他にもう1人いた

今はチェロの安野くん

クラリネットは1人しか
入れなかった…

決めるときは
話し合いではなかった

簡単にジャンケン

しかも心の準備をする間もなく
安野くんが「ジャンケンします!!」
と言った

あたしは流されるままに
ジャンケンをした


あたしは勝った


こーしてクラリネットは
あたしのパートナーとなった


このときに
管弦に入部した自分
クラリネットを選んだ自分
を今ではすごく褒めたい

音楽に無縁だったあたしは
あたしがその道を選んだと言うよりは
道があたしを導いた気がする


楽譜の読めないあたしは
入部してから
ものすごく苦労した

全曲にドレミを書いて
読む練習をした
自分が吹かない楽譜まで
ドレミを書いた

クラリネットは音が出ない
吹いても吹いても
音が出ない

酸欠で毎回めまいがした

そんな出来損ないのあたしは
毎朝、朝練に行った

寝坊して朝練に間に合わない日は
泣きながら家を出ていた

朝練が大好きだった


クラリネットの先輩は3人いた
3年生の樋口先輩
4年生の芹沢先輩
5年生の横内先輩

横内先輩は部長だった

だからあまり話せなかったし
指導してくれる時間も
短かった…気がする

しかしカッコイイ
という気持ちはつねに抱いていた

このとき横内先輩が
部長でなかったなら
もしかしたらあたしは
部長をやらなかったかもしれない

芹沢先輩は1番近い先輩だった

たくさん指導をしてくれて
色々話してくれて
相談にものってくれた

芹沢先輩はこのとき
プログラムポスター部門長だった

部活と両立して
頑張っている先輩に憧れた

このとき芹沢先輩が
プログラムポスター部門長
をやっていなかったら
あたしももしかしたら
プログラムポスター部門長を
やらなかったかもしれない

樋口先輩は
1年のあたしが見てもわかるくらいの
問題児だった

部活はほとんど来ない
先輩の話は聞かない

しかしあたしを可愛がってくれた
先輩にとってあたしは
初めての後輩だったから

あたしにとっても
唯一の中学生の樋口先輩は
話しかけやすかった

あたしがクラリネットパートに
打ち解けられたのは
樋口先輩のおかげかも知れない

こんな感じであたしは
1年間を過ごした

全てが初めてで何もわからず
ただ行って帰ってくる
の繰り返しだった

けどあたしは
管弦に夢中になった
電話きた

一昨日からなんとなく
聞いてたけど

やっぱり本当だったんだ

朝から泣くと思わなかった

パートの子になんて
伝えればいいの??

けど決まったことは
変わらないから

全力でやるしかない

頑張ってきます

では出発です