※以下は主人から見た私の出産レポです。
★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★゜・。。・゜゜・。。・゜☆゜・。。・゜゜・。。・゜★
あまり開くと覚えがわるいので歯抜けになりそうですが、
私の視点から出産までの覚書です。
ちなみに、当初の予定日は5月17日でした。
5/8 11:23
ruruよりメール(仕事中)
タイトル:明日、陣痛促進剤で生まれます
本文:今、電話できる?
振って沸いた話でいまいちよくわからないのですが、先月ruruと実家に行った時に
病院で診てもらったときは「あたまが大きいねぇ」というお話だったので、
その関係かと思いながら
電話。曰く
「妊娠中毒症で、手足のむくみが結構きている。いまなら平気だけど、
この先血圧が高くなってくるとあまり良くないとのこと、
今のうちに陣痛促進剤で出産したほうがいいと言われた」ということ。
是非も無く、段取り等を確認。
上司に相談。とりあえず、今日の午後から休み、9・10日と休みを貰う。
面と向かっては言いませんがこの上司はこういう所では
ホント理解があって感謝しております。
14:00
ジーパンにTシャツというのもラフすぎるだろうと、
帰宅途中のユニクロに寄って服を買う。
麻の紺ジャケット・チノパン・青ストライプの麻シャツ。無難なところで。
そういえば母の日がちかい。ruruのおっかさんになにか買っていこうかと
我が母の職場(デパート)へ。
なにがいいとかこれからどうするとかいろいろ話をしたり、
ruruに何がよいか聞いてみたりいろいろ考えて日傘購入。
我が母にもなにか欲しいもの無いか尋ねるが「いきなり聞かれても?」
とうろうろした挙句結局決まらず。また何れということでいったん帰宅
20:00
帰宅。とりあえず、着替えを用意して、ruruと明日の段取り確認。
朝8:30に病院に行って、そこから陣痛促進剤点滴、
夕方ごろ出産予定なので昼過ぎ位の着で良いとのこと。車で行っても
電車で行ってもいい時間だ。確認しつつ、22時頃就寝。
5月9日 4:00
目覚ましが鳴る。とりあえず一服つけて、これからの予定を考える。電車か車か。
結局、車を選択。乗り換えの多い電車より、マイペースな車のほうが気が楽。
片道6時間(ノンストップ)ですが。テレテレ走ったり、
途中で寝たら暑さで起きたりしながら13:30頃病院到着(笑。
14:00
ruru点滴中。なんか重病人のよう。
病室はなんかふつーの部屋みたいな個室。広さは3畳?
4畳?ベット・ソファー・机・クローゼット・液晶TV・VTR&DVDデッキ完備。むう。
とりあえず、そこはかとなく陣痛が来ている様。家のDVDを持ってきたので、
何故か古畑任三郎をみることに。まぁ、ruruも退屈しなかろう。
ruruのおとっつぁん、仕事のため一度戻り。
17:00頃
ruruのおとっつぁん再登場。おっかさんと一緒に、いちど職場に戻るらしい。
この頃、ruruの陣痛5分?10分周期くらいか?一旦みてもらうが、
まだ早いらしい。この分だと21時頃かなぁ?とのこと。
17:30頃
陣痛、5分おき位。痛そう。いったん看護師呼ぶ。がんばれとのこと。うーん。
18:00頃
陣痛の痛み増している。背中をさするも、さすり方判らず。不勉強に後悔。
看護師呼ぶが痛いのもお産とか名言みたいな事をのたまう。
このあたり、陣痛の間隔を正確に測ったりとか自分でもわけの判らない行動。
痛みが酷いらしいが、看護師呼ぶか?の問いに
ruru「またさっきみたいに言われるだけだからいい」
なにを子供みたいに。とは言え、呼ばないと、
いい加減握り返してくる手の力が尋常じゃない。
18:30頃
そうとう痛いらしい。「呼ぶか?」の声にも力無く頷くだけ。
ナースコール。
丁度人のいない時間らしく、結構時間がかかる。
看護師登場。そろそろ分娩台行こうか?とのことで行く。
19:00頃
おっかさん・おとっつぁんこの頃再登場???
看護師に呼ばれ、分娩台に上がってるruru確認。
立会いは無理なので、一旦退出。
20:00頃
医者登場。なんでも、開きがまだらしく、背中から麻酔を打って
しばらく様子を見るとの事。
(部屋のホワイトボードに 硬注:19:54の表記あり)
分娩台脇でruruと会う。21時手前まで話をする。麻酔が切れ、陣痛の痛み再開。
医者も戻り、私は一旦退室。
22時頃
再度医者登場。もう一度麻酔を打つとのこと。
6cmから8cmへは開いたが、とのこと。
また分娩台へ。ruruもそうとう疲れている。「寝てもいい?」と聞いてきたので、
「寝れるうちに寝とけ」と言う。麻酔が効いたのかよほど疲れたのか、
ruru、分娩台で20分くらい寝る。
23:45頃
再開。私は退室。
ここらでおっかさんから、「ruruが、「旦那が8月10日やで、
5月10日の方が覚え易くてええなぁ」と言ってた」
とのお話。いや、いままさに現実なんですが。
ここからずっと、落ち着かない時間が流れる。動くに動けず。
5月10日 1:20頃
医者登場。どうも産道が狭いのか、未だ出てこない。赤ん坊は元気だが、
このままだと母体が危ないと。
なので、帝王切開をするとのこと。ついては承諾書とアレルギー等の書類に
サインやら印やら云々言ってきたので、
「先ず先にruruに会わせてください。本人の意思を私が確認します。」
と伝え分娩台へ。相当疲れているが意識はハッキリしているので
「本当に良いんだな?」の問いに「うん」とのこと。
「ごめんね」
とも。こういうシーンで謝られるとグッとくるものがあります。
本意ならあとは頑張るだけなので、
「頑張れ」と伝え、看護師・医者にお願いしますと頭を下げ退室。
おとっつぁん・おっかさんに、帝王切開する旨、本人に確認を取り、
決めましたと伝える。
本人(代筆)・夫・保護者(おとっつぁん)の署名をしてナースステーションへ。
早ければ2:00には手術とのこと。ここから先、落ち着き無く病院内をふらふら。
手術室前で立ち止まったりうろうろ。喫煙所とか。
2007年5月10日 2:16(時間は事後確認)
誕生。3476g。男子。
2:30頃
お披露目ルーム?に赤ん坊が。急ぎおとっつぁん・おっかさんを呼ぶ。
夜中だというのに目が開いて、こちらのほうを見てるjr.。
おとっつぁんとおっかさんがひとしきり話をしながら眺めている。
私は子供が無事なのは確認できたので、まだ出てこないruruを待つために
また手術室前。
3:00頃
ruru手術室から出てくる。医者・看護師合わせて
5人に抱えられて病室のベッドへ。
医者曰く「麻酔がまだ効いてるので朦朧としてますが、
しばらくすればハッキリします」
とのこと。この医者、言うことが明瞭で良い。
ruruと話をする。よく頑張ったな、男の子だ、
体重が300gも多いぞ(当初、3150g位の予定)、
どこかいたい所は無いか?
ruru曰く「体中が痛い。バラバラになりそう」とのこと。言葉もあまりハッキリしない。
おとっつぁんとおっかさんにその旨伝え、まぁ、出産直後だし、
ということで、意識が戻るのを待ってみますか、ということになったのですが、
ruruはそのまま寝てしまいました。
4:00頃
おとっつぁんもおっかさんも明日は仕事。
私はといえば、ホテルは予約していただいていたのですが時既に4時。
ruruが起きた時に一人でいるのも可哀相なので、
予約を無駄にすることを謝った上でこのまま病室に泊まることに。
おとっつぁんとおっかさんには帰宅して頂きました。
この後、7:00頃までruruが目が覚めたり看護師が着たりで
バタバタと寝ると起きるの狭間でふらふらしておりました。
取り合えず、誕生まではこんな感じです。
本当に、本当に長い長い一日でした。