あれはわたしがまだまだ
ムスメだった日のこと



ある日突然
人生最大の失恋をしました



それはそれはもう
味わったことのない辛さで
経験値の少ない当時のわたしには
どうすることもできなくて
食事も喉を通らず
なんだか
悪い夢の中にいるようで

ただただ
とりあえず死んではいないという
そんな状態の日々



泣いても泣いても
眠れなくても
それでも
毎日朝は来て
夜が来て
また次の日が来る




当時いた実家には
シベリアンハスキーがおりましてね
歳はまだ若く
例えるなら小3男子


わたしも若いとはいえ成人済
いい歳をして家族で唯一無職の人
いくら失恋して泣いているとはいえ
犬の散歩くらい行けよという
家族からの圧を感じるので
仕方なしにね


容赦なくグイグイ引っ張る彼に
引き摺られるようにして
歩く私


ちょっと犬らしからぬ大きさで
シルバーの毛並みに凛々しい顔立ち
黒黒とした瞳
彼のその容姿はいつも人目を引き
知らない人からも
よく声をかけられたものです



家を出て真っ直ぐ
突き当たりにある母校
そのグランド裏を曲がった辺りで
ふいに鼻腔を掠めたのは
金木犀の香り


そのとき唐突に思いました




「あ。生きててよかった。」








その時の光景は
今もはっきり覚えています






それからも毎年
金木犀の香りは
ふいにどこからか香ってきて


あの時の記憶が蘇る


若くて楽しくてキラキラした
あの頃のたくさんの思い出とともに


それらは間違いなく
そこにあって
何ひとつ無駄じゃなかったと


新幹線の窓の外を眺めるふりして
ひっそり泣いたことも
わたしの大切な記憶













さて

それから時を経て
私は結婚し家を出ました

里帰り出産で
リビングに転がしていた
生まれたてほやほやの赤子を
優しい目で見守るの一員に
小3からロマンスグレーになり
大人になった彼もいました



その後彼が
天寿をまっとうしたのは
赤子がよちよち歩き
喋り始めた頃だったでしょうか




今も実家の階段の窓際には
家族皆に大切にされた
彼の姿が飾ってあります
幼い頃の息子の写真の隣に




そんな
金木犀とハスキーのお話