考察材料と備忘録 -4ページ目

B春記事(3)

続きです。引き続き記事拝借🙏🙇


https://www.fujisan.co.jp/product/1151/b/2009827/

週刊文春 8月13・20日合併号 (発売日2020年08月06日) 

↑こちらの記事内で気になった箇所の抜粋を下記に

 

茨城県つくば市の新興住宅地。

深夜十二時過ぎ、吹き抜けの二階から階下に垂れる遮光カーテンに懐中電灯を当て、不安げな表情で両親の帰りを待つ幼少期の三浦の姿があった。実父が木造二階建て住宅を建てたのは、九五年二月のこと。当時、三浦は四歳だった。

一家の知人が振り返る。

「お父さんは建築関係の仕事、母親はゴルフ場で働いていましたが、なぜか夫婦の帰宅は毎日十二時過ぎ。

あの子は幼稚園児の頃から親に五百円玉を渡されて、コンビニ弁当やラーメン屋でお腹を満たしていたのです。両親は鍵っ子だった春馬くんを公文式に通わせる傍ら、日夜問わず児童劇団に預けていました。」

三浦が五歳の頃から通っていた「つくばアクターズスタジオ」の元会長・加藤真由美氏が語る。

「ただ、春馬は普通の男の子ではなく、外見の造作のバランスも感性も声もすべてが優れており、これまで見たことがないくらい光っていた。すぐさま特待生として迎え入れたのです」だが、一軒家で暮らす寂しくも平穏な日々は長くは続かなかった。

「夫婦喧嘩の末か、お母さんが裸足で近所の家に助けを求めていたことがあった。母親と二人で逃げるようにして家を出ていったのは春馬くんが小学一年生の頃。その後、お父さんは夜逃げ同然で家を出ていき、一家離散になったのです」(前出・一家の知人


《深夜十二時過ぎ、吹き抜けの二階から階下に垂れる遮光カーテンに懐中電灯を当て、不安げな表情で両親の帰りを待つ幼少期の三浦の姿があった》

《お父さんは建築関係の仕事、母親はゴルフ場で働いていましたが、なぜか夫婦の帰宅は毎日十二時過ぎ。

あの子は幼稚園児の頃から親に五百円玉を渡されて、コンビニ弁当やラーメン屋でお腹を満たしていたのです。両親は鍵っ子だった春馬くんを公文式に通わせる傍ら、日夜問わず児童劇団に預けていました》


これ…読んで

かわいそう、不安だったね、

で終わらせる内容と思ってなくて。


《夫婦の帰宅が毎日12時過ぎで、その帰りを、

遮光カーテンに懐中電灯を当て不安げな表情で待つ》

…ってのを毎日見てた誰かがいるの?

複数いて噂にでもしてたの?

25年ほど前に、その地域に住んで向かいや隣に住んでた人に、取材できたの?


《幼稚園児の頃から親に五百円玉を渡されて、コンビニ弁当やラーメン屋でお腹を満たしていた》って、

だだっ広い新興住宅地で、コンビニもなさげなエリアで、園児の足で、コンビニ弁当買いに、ラーメン屋さんに、行ってたの?

就学前に、家族ぐるみでつきあいのある?親が仲良しの?女の子に、親子でラーメン屋さんに行ったときにバレンタインだかホワイトデーだか、話してたけど、

そのラーメン屋に?


《日夜問わず児童劇団に預けていました》って、

劇団は、自社スタジオを持ったのはMUSASHI頃で、

公共の施設で、日夜問わず預かってたの?

逆に、何で?そこまでイレギュラーな対応するの?

名士の祖(父)母や、一緒に劇団に通ったいとこが

いるような話もあるのに? 

なぜ、劇団に預け、劇団も預かるの?


余談ながら「特待生として迎え入れた」は

ホンマな?と思ってしまう。

開校のチラシが家のポストに入っていた説、

オーディション受けた?説あるも、

実際は

春馬さんのために開閉校したみたいね、

と見る人もいるタイミング…

頼んで&形ばかり(出来レース)のオーディション、

仕事がとれる(地元のお店のチラシ等)から、

そして、"後で"回収できるから、辞めないように、

レッスン料なし、だったのでは?と。

一軍は仕事やスポンサーを自分で取れて、二軍はМ要員で、

三軍はレッスン料…って書込がありましたよ。



話戻して


公文式って、

地域や科目数により費用は差があるようだけど、

それを払えて、家族レジャーにも行けて、

犬やハムスターも飼えて

3万円の借地料が払えないってこと、あるの?


《夫婦喧嘩の末か、お母さんが裸足で近所の家に

助けを求め》って、末、って非断定調で書いてる

ってことは、"違う"んだよね?

春馬さんのあの日の報道も「自◯か?」で、

断定はしてなかった(が、そうなんだろう、と思うエピソードを重ね続け、そういう空気にした。

視聴者読者が勘違いするような表現をした)。

裸足で近所の家に助けを求められるなら、春馬さんを預けられそうだよね?


お母さんが、体は丈夫ではなくて?

入院した時期があって?春馬さんが、

大きくなったらお医者さんになる、と

言った説もある。

その、入院期間に、お父さんの帰宅が遅くなって、

待っていたことは、ありそうだけど、

毎日&ずっとなら、犬の散歩や、春馬さんの送迎はどうしてたんだろう?


一家離散になって、旅行先で集結してたの?


という具合に、疑問しかわかないのでした。


母方親族がゴルフ関連施設をお持ち、

だから、そこを手伝う(そこで働く)ことは自然。

ゴルフ関連施設に芸能関係者が来る、もあったろう。

経済困窮でホストに入れ揚げ意気投合、より、不自然感はない。

B春記事(2)

続きです。 

引き続き記事🙏🙇拝借🙏🙇


https://www.fujisan.co.jp/product/1151/b/2008631/

週刊文春 8月6日号 (発売日2020年07月30日)

↑こちらの記事内で気になった箇所の抜粋を下記に

 

三浦が幼少期を過ごしたのは、茨城県つくば市内の新興住宅地だが、平穏な日々は長く続かなかった。

小学一年生の頃、母親と三浦は実父を残し、家を出たという。三浦の自宅があった土地の所有者である不動産会社社長が証言する。

「三浦家からは月三万円の借地料をいただいていましたが、春馬くんとお母さんが出ていった頃には支払いが滞るようになり、その後、自宅は競売にかけられました。結局、うちが買い取りましたが、その約二カ月前、お父さんは夜逃げ同然で家を出ていきました」

 

↓以下追記しました。

〈母と離婚した理由を教えてくれた〉

〈実父との再会が人生を見つめ直し、自分と向き合うきっかけを与えてくれた〉

実父との再会について、三浦は笑顔で「会ったことのない親戚がいっぱいいて歓迎された。人数が多くて、びっくりしちゃった」と語っていたという。

「実父との交流が彼の人生で大きな転機だったのでしょう。実は、彼の本名は三浦姓ではなく、ずっと義父の名字でしたが、約三年前に籍を抜き、三浦姓に改称した。九年前に彼は個人事務所を設立していますが、死の一カ月前、同社の登記でも、氏名変更の手続きがなされています」(事務所関係者)


離婚した理由を、

当初は母からは聞かなかったのかな

だからこそ長じてから話があり、

当時は「新しいお父さんが嫌なんだ」?


置屋の女郎、籠の鳥、カジモド…

「私たちは普通の親子と違うの」


実父との再会、というが、

「デビュー後は」自由に連絡を取れた説はある。

デビューが、『あぐり』を指すのか、

円満移籍後、入寮し、非血族氏がすぐそこにいない

状態になってからを指すのか分からないけど、

『あぐり』後であれ移籍後であれ、

実父と連絡取れていたなら、ずーっと

孤独、ということもないのでは?


〈実父との再会が人生を見つめ直し、

 自分と向き合うきっかけを与えてくれた〉


役どころや作品繋がりもあり、

「父」の存在(子を持つこと)や、

役者として人として生きること、に

より能動的に、主体的になったように見える。


より輝き、より成長し、

より高みを目指すようになった。


母方の親族のみならず

父方親族も歓迎していたあたり、

芸能活動する春馬さんを、芸能活動そのものを

ネガティブにとらえていたわけではないんだろう。


9年前に設立した個人事務所。

不在となるひと月前の同社の登記の改称手続き。

改称前の姓だと、

その後の契約に不都合が生じるから?

改姓後の契約こそ、

自由なそれ、ができるはずだった?


B春記事(1)

コメ欄でご紹介頂いた記事

https://ameblo.jp/milky-moju/entry-12901353959.html

より🙏🙇拝借🙏🙇


https://www.fujisan.co.jp/product/1151/b/2008631/

週刊文春 8月6日号 (発売日2020年07月30日)

↑こちらの記事内で気になった箇所の抜粋を下記に

 

三浦が幼少期を過ごしたのは、茨城県つくば市内の新興住宅地だが、平穏な日々は長く続かなかった。

小学一年生の頃、母親と三浦は実父を残し、家を出たという。三浦の自宅があった土地の所有者である不動産会社社長が証言する。

「三浦家からは月三万円の借地料をいただいていましたが、春馬くんとお母さんが出ていった頃には支払いが滞るようになり、その後、自宅は競売にかけられました。結局、うちが買い取りましたが、その約二カ月前、お父さんは夜逃げ同然で家を出ていきました」



…小学一年生の頃母子が家を出た、というのは

本当に本当?

『あぐり』より後に家族旅行で海や北海道に行ってるのに。

小3のシーズンには、毎週スキー行ってるのに。

10歳の頃にできた複合レジャー施設に実父とよく訪れてるのに。

10歳か11歳までは実父と日常的接触はあったとされるのに。


『NILE ナイル』のためにエジプト行ったり

「三浦春馬くんを大きく育てる会」ができたり

したのも同じ頃。お仕事も順調なのに。


借地料3万円/月が払えない、なんてこと、ある?


何で不動産会社社長には証言得られた?

その不動産会社、まさかどこかのフロント?

事実かどうか分からないけど、事実だとしても、

公表前提のB春の取材に、そんな個人的な話をするなんて?


不動産会社って、かなり近しいとこに、

黒のプロのが見え隠れ…





母上周辺からの"一般人"の証言が載らないのに。


私は、離婚時期はもっと後だと思っている。

母子家庭の期間があったとしても、

土浦に引っ越す直前くらいじゃない?

日本の民法では、

《女性は離婚後100日を経過しないと

再婚できないという「再婚禁止期間」》

があった、その期間くらい。

100日って、3ヶ月ちょい。


ご実父が出ていったのは競売や買取の2ヶ月前。


春馬さんが、数週間単位で地元を離れてる

期間、タイミングに事が成されたってことは?

(春馬さんは、肝心な場面を地元で目の当たりにしていないのでは?だから後に「離婚の理由を教えてもらう」展開だった(必要があった)のでは?)


バックがC国Мの組織のトップの協力を得て?

そのタイミングでお仕事入れることもできる?




サムネイル
 

1995年〜1996年頃の3万円は、現在の物価水準に単純換算すると、およそ 2万9,000円〜3万円前後 の価値になります。この約30年間は日本の物価があまり変動しなかった(デフレの時代が長かった)ため、金額的な価値はほぼ同じです。