こんにちは。蘭胡です。
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あなたは誰に愛を向けていますか?
私は全方向に愛を向けすぎて
自分への愛が手薄でした

そんなことに気づいたのは
声をなくした時でした。


ずっとずっと
私がなんとかしよう

笑顔でいて欲しいから
私は大丈夫だから

それは自然に無意識に
幼少の頃から続いていた

両親を愛しているから
祖父母を愛しているから

私はお姉さんだから
甘えられず

我慢だと気づかなかった
愛されていたから

いや、自分に自信がなかったのかも
そうしないと
自分を認めてもらえないと思ってた。

結婚したら
更に自分に負荷をかけていたらしい

声を失ったのは
今から15年ほど前

システム開発の会社は結婚を機に退社
病院勤務は出産を機に退社
その当時は派遣会社から依頼があった時だけ
ちょっと働いていた私

育児にも慣れて3年目
再びの妊婦
(実は繋留流産の経験有)
稽留流産は現在の医学では
防ぐことができないとされています。

妊娠初期に判明することが多いため、
喜びと悲しみを同時に味わい
落胆してしまう人も多くいます。

ですが妊娠初期流産は6人に1人が経験する
といわれるほど珍しいことではありません。

稽留流産後はゆっくりと
体と心を休めることが大事です。

立ち直るまでたくさん涙がでますけどね。
後に桃仙さんとこの子について
答え合わせする機会がありました。
いつかブログに書けるかもね

祖父が癌を発症し
手術や通院の付き添いは私がしていました。
…祖母も高齢。両親は現役。
…まぁ嫁姑もあるし。
…私一台目の車は祖父母に買ってもらったし
…祖父と私は気があうし。敷地内同居だし。
…祖父はひ孫(私の子ね)溺愛してるし。
3人でいると機嫌もいい
後にあべけいこさんのチャネスクで
絢爛豪華なガイドがついているといわれ、
内1人はこの祖父とわかる


祖父の体力低下
本人は自宅での余生と看取りを望んでいたので
通院を往診に切り替え訪問介護の利用を開始。

ケアマネジャーとの計画は父と私。

看護士さんやヘルパーさんの訪問時間に合わせ
私はお湯などを用意していました。

自宅で看取るためには、
関わる人への十分な説明と理解が必要ですし、
亡くなるまでに起こる身体と心の変化やその対応についても
あらかじめ覚悟が必要です。

さらに訪問看護師による24時間の対応や、
患者の状態にあわせての訪問頻度の変更を
行うことも必要になります。

患者・家族・関わる人々の理解と納得が必要です。
かかりつけ医の往診も家族と患者には大きなサポートでした。


そこに突然の義父の吐血。
病院での検査結果は余命一月の癌。

私義父に凄く可愛がられていました。
マリッジブルーの時、何かを察した義父から電話が来たり
初正月に飛行機のチケットが届いて帰省した事も。
なぜか内緒でお年玉をくれた義父。
還暦祝に4人で行ったのが、私の初ハワイでした。
…今世だけでない繋がりがあったのでしょうね。


そんなある日 朝起きたら声が出ない
伝えたいことが伝えられない
筆談しか出来ない

自分に何が起こったのか動揺しました。
ドクターは原因不明だけど大丈夫ですよと言う。
…1年だけだったけど出産まで働いていた病院です。
知ってるスタッフが何人もいたので安心して受診しました。


私は自分への愛が足りなかったのでした
気づいたのです
何もできなくても
無理せず頑張らずともいいのです。

この時、祖父母や子どもとは意思疎通できました。
声が出ないとしなくていいことだらけで
どんな気遣いも不要でした。
言いたくないことも言わなくていいしね。
電話も出来ないから

義父の発病から葬儀までのひと月
週末度に元夫の分だけ飛行機を予約する私。
私はドクターストップで
飛行機の移動すら出来なかったから。

しかし飛行機は本数が少なく滞在時間が短い
なのに残業も多く有給も取りたがらない元夫
薄情なのではないか?と責めたけど
混乱と恐怖で死と向き合えなかったみたい。

それならばと
毎週末、私の父と妹が交代で
義父宅や入院先病院への送迎を申し出てくれました。

片道距離600kmの運転って結構負担です。
でも時には孫を見せれると言って。

なんて有難いんでしょうね家族。
わたしはせめてもと温泉宿を予約しました。
そして帰りの運転も甘えたのです。
元夫は寝てるから

結局、私は義父の見舞いには行けませんでした。
義父の葬儀にも行けませんでした。
法事には参列しました。
13回忌の後に離縁となりましたが

何がきっかけだったのか不明ですけど
程なく私の声は戻り
今では以前よりもおしゃべりです
もちろん無事出産しました。

出産日に祖父が亡くなりました。
陣痛を知らせた朝
意識もしっかりしていました。

生まれたら病院に行くと言ってたとおり
来ましたよ。祖父の魂が病院に。

朝は晴れていたのに
夜は土砂降りの嵐のような雨。
私は香の匂いに包まれていました。

線香も色々でね、
私アレルギーで目が腫れたこともあるの

品のいいお香の匂いがするときや
蝶がまとわり飛ぶとき
亡くなったばかりのどなたかがご挨拶に来てるみたいです。

お互い落ち着いてから夢に出てきます。
若くなっていますが故人だとわかる

数日後その話をしたら、
祖父の亡くなった時間とあっていました。

産後の私には伏せられていたのに
葬儀の参列に間に合いました。

経産婦の私は外出でbabyは病院のまま。
不思議な段取りがあったのでしょうね。

どんなことも

そういえば…
祖母が亡くなる暫く前に
祖父が逢いに来たようです。

祖母は施設に入所していたのですけど、
面会に行った私に教えるのです。
「昨日ね、じいちゃんが泊まっていったのよ。
狭いけど施設の人に、この部屋に
お布団出してもらったの。
(祖母の)実家に行きたくて、
じいちゃんに連れて行ってもらったの。
家にも帰りたくて、じいちゃんと一緒に行ったの。
あちこち見ることができてよかったわ。
今はこんな花が咲いているでしょう?」

…もちろん施設の人はお布団出していませんよ。
むしろ、様子がおかしいと思っていたそうです。

大正生まれの祖母は花が大好きで
いつも庭に季節ごとの新種の花を植えていました。
私の生まれる前、若かりし時は
祖父のバイクにタンデムで出かけていたそうです
死に別れても…死後も一緒に出かけるって。
仲良くてなによりと思っていました。


祖父が妻である祖母を迎えに来たんですよね。
この時の祖父母は和装で、やはり大正の女
祖母は夫である祖父に正座して挨拶していました。
…私には思いつかないし、夢とはいえリアルでした。

私夢に見たとブログに書いたこと
すっかり忘れていました

あぁいいなぁ。
ずっと一緒なんだぁ…と
夢の中の自分の気持ちもわかるのでした



全ては愛
自分に一番の愛を向けたら
いろんなことがスムーズに運びますよ

自分に愛を向けたら
相手からも愛が向けられるみたい
自分を粗末にしてはいけないのです
ねっ


今日も幸せ