こんにちは
まったくそうしたかは別ですよ(笑)
いざ成人したら…嘘っぱちでした。
親があってこその今の私なのだといわれておりました。
私のものは親のもの。親のものは親のもの。
なんじゃそりゃ(笑)
他人が私を褒めますと、自分たちの子だから!という謎の自信。
ウンザリは幼少の頃からだったから、もはや慣れっこでした。
何においても結局…親の意見ありき。
相談の必要がない![]()
干渉というより監視![]()
意見したい人なのだから、言わせておけ。
親の口に戸は立てられない。
親といえども別人格の個人なのだから。
相手にして消耗するまでもない。ほおっておこう。
ガチンコで向き合うほど私は気にしていない。
親に辟易していたのです。
もちろんできる範囲で限りなく寄り添ってきました。
数年前は両親と寺社や観光巡りもしましたのよ。
私なりに尊重してきたのです。
幼少から母の愚痴を聞いてきた私は、
父に対して期待がなかったように思います。むしろ役に立たねばという不思議な感覚を持っていました。
うまく。こちらからは関わらないようにして。
それは常識的にそつなく(笑)
昭和の人間だから仕方ない。私も嫌なところ似てるし![]()
正直戦国時代ほどに時代錯誤甚だしいですが。
だって明治や大正生まれのひいばあちゃんや祖父母の方がよっぽど私の意を尊重してくれた。
両親は永遠に私をコントロールしたい。
コントロールできるとの思いを手放さない。
私は嫌だと何度も言ってきた。
しかし親子。親の困る顔は見過ごせない。
結局助けてしまう。
すると、もっと大ごとが起きる。
嫌なパターンだ。
私なりに助けることをやめてみた。
しかし鬼にもなれず、多少遠巻きに結局手助けしてしまう。
それこそが原因か…手放す。こちらはもうそんなこともどうでもいいや…なんてふっと思いがでたら涙もでていた。
干渉というより監視![]()
これが曲者でね。
ジロリと睨まれると…思い切りエネルギーが取られるのですよ![]()
プロテクトとは、必ずしもよそに対して行うのではないのです。身内をあなどることなかれ。
要注意です。
なかなか現実が変わらない…
それは自分のことを最優先しない潜在意識が原因かも。エネルギーが漏れてるかもしれないよ![]()
まず自分を大切に。



