気になりながらもまだ行ったことありませんが。。。
地域にそびえる勝山。
≪賀年(かね)城≫ 築城年代は定かではないが南北朝時代には存在していたと云われる。 天文20年(1551年)周防国大内義隆が家臣陶晴賢によって滅ぼされると義隆の姉を妻としていた吉見正頼は晴賢と対立した。 正頼は津和野城に籠り賀年城は波多野滋信が籠った。 晴賢が来襲するもこれを良く守ったが城中の田中某が内応するに至り落城、滋信は戦死した。
主として、本丸と二の丸の二つの曲輪からなる単純素朴な構造だが、山の斜面は峻険で、それが最大の防御機能をもつ。
他確かに急峻でした!
ロープにしがみついていなければ登れない^^;
↑ロープ設置ということは山道整備する人がいるってことですね!
ロープにしがみついていなければ登れない^^;
↑ロープ設置ということは山道整備する人がいるってことですね!
20分ほどで山頂到着。
標高514m。
右田ヶ岳より高い(笑)
標高514m。
右田ヶ岳より高い(笑)

東側の七合目に堀切が一ヶ所あるという。
二の丸と本丸の間の鞍部状のところは、かなりの加工が行われているように思う。大堀切といってもいいのではないだろうか。
二の丸と本丸の間の鞍部状のところは、かなりの加工が行われているように思う。大堀切といってもいいのではないだろうか。
シロウトにはわからんし。。。( ̄~ ̄;)

山頂は木々に覆われて視界はよくない。
三角点がせめてもの救い(笑)
三角点がせめてもの救い(笑)

いちご白書をもう一度・・・←意味なし^^;
登山口のほうが視界がいいということに、下りてから気付きました。。。( ̄▽ ̄;)

山口のマッターホルン、見る方向によって全然表情が違いますね!