美味しいって笑おう♡ -74ページ目

美味しいって笑おう♡

10年間におよぶ深刻な摂食障害から
それはそれは大きくて温かな学びと
愛の本質を知る喜びを体験しました。
すべてが必然すべてがギフトです♡
ここからありったけの「ありがとう」を込めまして。

美味しい!って笑おう☆~我慢とはバイバイ~-100624_192333.jpg


精神の治療って何なんだろう? 摂食障害を治すってどういうことなんだろう?
日々自問自答する。

以前かかってた先生はバリバリの精神科医だった。
いつも彼は言った。

『根源的な赦しがあなたには必要だ』と。

土台がないから心が揺らぐ。その不安感から、拒食という方法で精神バランスをとっている。きっとそういう意味だったと思う。

頭では先生の謂わんとすること理解できた。でもその実感を得ることはなかった。

現在ゆるやかにだけれど、私はその実感を手に入れつつある。日々じわじわと感じる。土台が築かれていっている… 揺るがない自我が必要。それは、愛によってしか作り得ないと解った。私は両親との関係で、愛を疑うようになり、それと共に自我を失った。いつも何かに怯えて生きてた。何かがいつも恐かった。自分の存在意義は体重コントロールしかなかった。

摂食障害は愛によってしか治らない。断言できる。
なぜなら、愛を失ったことが原因で発症する病だから。だからきっと、その揺るがない土台を手に入れられない限りは、入院しても無理矢理食事をしても、治らない。退院した後、やっぱり摂食とお別れできてない自分自身に気づいき苦悩している人、いっぱい居てる。『食べるトレーニング』は単にトレーニングでしかない。治癒にはならない。

こんな歳になってようやく、愛を信じられるようになった… 母を愛するという当たり前の感情が今更だけど溢れ出る。

母親の存在は偉大すぎる。全ての人間にとって。

たぶん精神の根幹を支えるのは大いなる母の愛だと思う。

失ってしまったものたくさんあるけどね。新しくまた築いていけばいい…そんなふうに呟いて、空を仰ぐよ。みんな何かしら苦しみは持ってる。一人じゃない。みんなが幸せでいてほしい。

なんとなくネットサーフィンしてたら

私が運ばれた救命センターのページにたどり着いた。
某有名大学付属病院の救命病棟。

お世話になったドクターの名前があった。

なんだか心がぎゅうってなった。

『私死んでたかもしれなかった』

改めてそう思う。

低血糖プラス肺炎で呼吸すらしんどくて。
父さんと話してたら、目の前にあるコップが一つしかないはずやのに、二つに見えだした。目をパチパチさせても何故か二つにしか見えない… ×××

ピッピッピッ………
何の音?
あ。やってしまった。
私今病院かも。

気づいたら救命ドクターに囲まれて処置されてた。
真っ裸でいっぱい針刺されてた。

『生きてて良かった』

それだけを思った。
私は40分間意識失った。2階から私を抱っこして、父さんと妹が救急車まで運んでくれたことも、救急車の中で救命員の人がずっと私に呼びかけていたことも。私は何にも覚えていない。全く記憶がない。恐ろしい。ぞっとする。

神様はいるって。
人生で初めてわかった。

そうじゃなきゃ
私が現在ここに生きてるわけがないもの。

もう一度胸に刻まなきゃ。死んでたかもしれない。
生きてることに感謝しなければ。めいいっぱい幸せに過ごさなきゃ。
生命は有限。後悔だけはしたくない。

めっちゃ寒くなってびびってまふ。急すぎるよね!
もう少し順序を踏んでほしいなあ。

今日は愛しのばあばのお誘いで、フラダンスのイベントへちょっくら行ってまいりました♪ 実はばあばはフラダンスの先生(笑)
大阪城ホールがフラダンスファンでいっぱいになってました☆

さて。私、死にかけて倒れて、入院して、やっぱり自宅で過ごしたいとワガママ言って退院して。
体重増やすという意識もなく。周りからしたら、何考えてんのかな?って疑問に思うかもしれないって感じてます。
でも私自身はやっぱり、大きい変化を感じてる。

母さんと食事ができるようになるなんて思ってもみなかった。ついこないだまで、死ぬまで無理だと思っていた。母さんの前で、飴一つ食べるのも嫌だったんだよ。それが、今は毎日夕食を一緒に食べてる。

拒食症の人ってよく『食べられない』って言葉使う。その周りにいる人も『食べられる?』って表現を使いがちになる。私はこの表現が嫌で使わない。
『食べられない』は、『お腹がいっぱいで入らない』という意味なのか? それとも『本当は食べたいけど我慢している』という意味なのか?
曖昧でよくわからないから、この表現が嫌いです。
だから私は今、食事と向き合う時、『自分に嘘ついてないか?食べたいくせに我慢してないか?』って繰り返し聞くようにしてます。嘘つきは嫌い、正直が好き。ならば、まず自分自身に正直にならねば!と思うからです。これも大きな変化でした。倒れる前までは、いつも本当に食べたいものをゴマカシ、食べていいものを選んでいたから。
自分自身に正直でいるとすごく心がラクだし、変に食べ物のことばかり考えたりしなくなる。

『食べられる?』って、誰かが私に気を遣って聞いてくれるけど、私は必ず、『今は欲しくないから、いいや、ありがとう』と答えるか、『私、食べられない病気じゃないよ。単に食べるの我慢してただけなんよ(笑)』って、正直に気持ちを答えるようになりましたo(^-^)o