最期の着信 | 美味しいって笑おう♡

美味しいって笑おう♡

10年間におよぶ深刻な摂食障害から
それはそれは大きくて温かな学びと
愛の本質を知る喜びを体験しました。
すべてが必然すべてがギフトです♡
ここからありったけの「ありがとう」を込めまして。

 

 


土曜日の早朝、実家の祖母(父方)が亡くなった。3月に母方のばあちゃんが亡くなったばかりだったのに。


確かに年齢からすれば長寿も長寿。亡くなり方も、いつも願ってらっしゃった大往生。お顔も幸せそうだった。


しかし。
私は二度目の過ちをしてしまった。
実は、亡くなる一週間前、入院決定の連絡があった朝だった。生まれて初めて祖母から私の携帯に着信が入っていた。
私は『たいした用事ではないだろうし、まあまたかけてきはるやろ。』と考え、かけ直さなかった。
それからあちらから電話が入ることはなかった。


私は母方のばあちゃんが亡くなる十日前にも同じことがあった。何度も着信を貰っていたのに、欝が酷くて電話に出る気になれなくてスルーしてしまった。その十日後、ばあちゃんは逝った。何を言いたくてかけてきたのかは知ることができない。そのことを後悔し泣いて懺悔し、二度と繰り返さない。そう決めたはずだった。


それなのに。


またやってしまった。
私はどこまで馬鹿なの?
また私の携帯には最期の着信が遺った。



もう二度と鳴ることはない電話番号。





おばあちゃん、何を伝えたかったの?


馬鹿な孫でごめんなさい。眠ってるおばあちゃんに何度も叫んだ。




改めて思う。
人の命ははかなすぎる。
新しい命が生まれると同時に欠けがえない命が消えてゆく。


『また今度でええやろ。』は、ない。

また今度、は来ないかもしれないのだから。


伝えたい言葉、してあげたいこと、それはすぐに実行しなければいけない。


人は結局、今、なのだ。
今を生きることこそ、後悔のない生き方なのだと思う。



私たち家族にとっては、『生と死』を見せられる一年だ。赤ん坊が次次生まれていく一方、祖父母の代が逝ってしまう。
必然の事象だが、感情が目まぐるしい。
でも、そうやって皆生きていくんだな…



おばあちゃんが常々私に言ってくれていたこと。
『頭が良くて美人で優しくて…chocoちゃんは私の自慢よ。早く元気になっていい人と結婚してね。』って。叶えたい。いつか、必ず…。