温泉に浸かった翌朝、車は街とは反対方向に向かいました。

進行方向 左手の下方に川が見えています。

 

 

 福島県の摺上川(すりかみがわ)です。

飯坂温泉、穴原温泉郷を抱く川です。

 

 

 車窓から見える山の樹木は、ほんの少しまだらに色づいていました。

本格的な紅葉はこれからです。

 

 オセロゲームをしながら翌日の予定を

決めようと友人と話していたのですが一向に意見が

まとまりませんでした。

ボウリング、回転寿司、十六沼公園。

焼肉の食い放題、ビッグボーイで食い倒れ?

「きこり」(温泉施設の名前です)でまた温泉?

私としては本場の坂内食堂の「喜多方ラーメン」を食べてみたいのですが

喜多方市は福島市から54キロほどあるとのことで今回は見送りました。

 

  

                                       (喜多方市の場所です)

 

「うーん、なんか初めて行く新鮮な場所はないのかな?」

「この川の上流には何かあるの?」

「行ってみよう!」

 

 摺上川に沿いながら、未知の世界へ向けて車を走らせます。

時折 通過するなだらかなカーブが心地よい振動を伴い身体に伝わります。

穴原温泉から10キロほど走るとその場所は見えてきました。

のどかな自然の景観の中に突如として現れた巨大なものが眼に入ってきます。

一面がみどりのはずなのですが、ある部分だけ白っぽく見えます。

 

 

 それは、大きな壁でした。

山の谷間に作られた摺上川ダムです。

近くに建つ民家がミニチュアのように見えます。

ダムはあまりにも巨大です。

 

 

 

 

 近くで確認すると、この場所に到着する直前に見えた大きな壁は

石を積み上げられたものでした。

「それにしても、これだけ大規模なものをよく造れるものだなぁ。」

 

                  (国土交通省東北地方整備局より)

 

                        (①と書かれたポイントが摺上川ダムの場所です)

 

 阿武隈川水系 摺上川ダムの形式は中央コア型ロックフィルダムです。

この、形式名称は貯水するために設けられた壁の構造を示しています。

 

 

 

 壁の中央はコア材→粘土質の土、その両サイドにフィルタ材→粗めの砂と砂利で

壁を作りコア材を保護します。

さらにその外側をロック材→岩(かこう岩)でダムを安定させる構造です。

ダムの構造は設置する場所の地盤に合わせて決められるのだそうです。

地盤が軟らかいところにコンクリートのかたまりで壁を作ったらあまりの

重さに沈んでしまいますよね。

 

 

 堤頂標高は311.5メートルです。

貯水量は1億5300万㎥ 全国規模でいうと24番目の貯水量です。

 

 

 ダムの下流には広い面積を利用して公園が作られています。

キャンプ場がありバーべキューも楽しめます。

それに「もにわの湯」という温泉まであります。

この辺りは「飯坂町茂庭」という地区です。

地名からこのダムは「茂庭ダム」とも呼ばれています。

 

 天気は良かったのですが、平日ということもあり堤頂を歩いているのは

私たちだけでした。

ゴミひとつ落ちていない きれいな場所です。

 

 

 人工物の上から自然を見ていると不思議な感覚に陥ります。

純粋に自然の中に身を置いているわけではありません。

もし、人工物がなく山奥の中にいるとしたら、景観を楽しむどころでは

ないはずです。

場合によっては遭難に近い状態になってしまうと思います。

身の安全が保障されているからこそ、景色を美しく捉えられている

はずです。

 堤頂の両サイドには安全のための手すりが設けられています。

 

 

 「おや?なんだこれは?」その上に野生動物の置き土産がありました。

私はおそらく「テンかな?」と思いました。

ちょうど、ダムの保安管理の方が現れたので声を掛けて尋ねてみました。

「お疲れさまです! これって動物のウンコですよね?」

「そうです!サルのウンコなんですよ(笑)」

「はぁ、サルですか? この辺まで出てくるのですね」

「今、ちょうど掃除しているんです、サルのウンコを・・笑」

話によるとサルは四六時中、四季を問わず出没するそうです。

そういえば、以前 穴原温泉の部屋からサルの家族の移動する様子を

見たことがあります。

 

 

 この山一帯はサルの生息地だったのですね。

 掃除の担当の方は人柄のよさそうな笑顔で話してくれました。

きっと、地元の方ですね。

ダムが完成したことで雇用が生まれたということになるのでしょうか。

他にもダムの壁の積まれた石の隙間から出ている草をとっている方たち

も見かけました。

こういう方々がこのダムを美しく保っていたのですね。

のんびりとした仕事でいいなぁと一瞬思えたのですが、これが毎日の

ことだと考えると大変な仕事だなぁと思えました。

 

 いちばん興味のあったことを聞いてみました。

「この水の底はどうなっているのですか?」

集落がそのままの形で眠っているのではないかと思ったのです。

期待した答えは返ってきませんでした。

「住宅は全部片付けました。 撤去して燃やしました。」

もう一人の方が「家の土台は残っていると思います。」と付け加えました。

 

 

 

 私の妄想では水の中に、かつての集落がそのままの形で残っています。

誰もいない家、傾いた古いタイプの郵便ポスト、水を抜いたら

あちらこちらから元気な子どもたちの声が響いてきます。

お寺の鐘が鳴り、トビがあわてて近くのねぐらのある雑木林に戻っていく。

 

 

 

 残された家屋の土台。

かつてはその上に生活があり、日常があった証です。

 

 

 後で知りましたが、ダムを造ることに協力した世帯は178世帯でした。

道路を造ることでは15世帯がこの土地を離れて下流に引っ越したそうです。

ドラマチックですよね。(自分と無関係だからこんなことが言えるのですが・・)

このダム建造により人生が大きく変わった方も多いはずです。

それは果たして幸せなことだったのか? そうではなかったのか?

私にはわかりません。

 

 

 このダムは平成18年に完成しました。

2006年なので12年前ということになります。

ダム計画が出て工事が始まり完成まで35年の歳月がかかっています。

 

                                          (摺上川ダム インフォメーションセンター)

 

                                                       (摺上川ダム インフォメーションセンター)

 

                                                       (摺上川ダム インフォメーションセンター)

 

 このダムの水は防災操作(洪水調節)、安定した水流の維持、かんがい用水

工業用水、発電、そして水道用水として使われています。

(水道用水として使うために家屋はすべて撤去したのだそうです。)

ダムの存在は賛否両論さまざまな意見があると思いますが、ひとつ間違いなく

言えることは、これで大雨などによる災害が起こる心配は消滅して

安全が確保されたということです。

 

 

 ダムの水面は青空を映し、戻るはずのない誰かを待っているかのように

じっと静かにたたずんでいるように見えました。

  (竜神とかいたら面白いな・・まだ妄想は続いています)

 

 

 最後まで読んでいただき、ありがとうございました。