私が一年の間に2回行っている慣例行事があります。
いくつか、そうしたイベントはあるのですが そのひとつが自転車での相模湖行きです。
私が暮らす世田谷から甲州街道をひたすら八王子方面に向かって走ります。
八王子から高尾山口、そこから大垂水峠を越え相模湖へ、そこが目的地です。
そこまでの距離はおよそ50キロです。
帰りのコースは来た道を戻らずに412号線へ出て、そのまま413号線へ。
津久井湖の端っこを通過して16号線に出て、橋本を通り八王子に出るというコースをとり
ます。
そこからは来た道の甲州街道をまたひたすら走るというコースです。
走行距離はトータルでだいたい110キロになります。
所要時間は12時間半から16時間のあいだです。
朝の7時過ぎに家を出て、相模湖に着くのはいつも14時頃になります。
えっ、7時間もかかっているのですね。
もちろん途中 休憩はとります。
2時間走ったら10分休んだり、お昼は高尾山口の川のほとりでお弁当を食べたりと。
基本的にスピードには、まったくこだわっていません。
「のんびりと楽しく走りたい」これでいいのです。
私がこのサイクリングを始めたのは今から6年前の2009年の年末からです。
冬に1度、そして夏に1度 要するに半年に一度走るようにしました。
そもそものきっかけは、私自身 自転車で走ることが好きだったのですが一度に100キロ以
上走った経験がありませんでした。
最大で40~50キロほどでした。
なんか中途半端な走行距離がいやで、きりの良い100キロを走ってみたいものだとずっと
思っていました。
いろいろとコースを考えていたのですが、相模湖まで行って戻ってくれば100キロは越え
られるということに気が付きました。
距離的にはちょうど良いのですが、問題がひとつあります。
大垂水峠です。 この峠を自分が越えられるのか。
どれ位の斜度でどのくらいの走行時間がかかるかもよくわかりません。
車やオートバイであれば何も問題はないと思うのですが、自転車はあくまでも自分の体力
と気力がなければ走れません。(私の自転車にはアシストモーターは付いていません)
なんとかなるのかな? と始めた「恒例 相模湖サイクリング」です。
記録を見返すと 一番初めに走った時の時間が最速でした。
出発時間は7時くらいだったと思いますが、帰宅したのは19時05分でした。
おそらく、初めてのコースで道もよくわからないし、走行時間もよめないなどの不安材料が
あり 一生懸命 真面目に走ったのだと思います。
2回目以降は、ちょっとずつだらけてきて途中 高尾山口の参道に行ってそば屋に入ってみ
たり府中の回転寿司「スシロー」に寄ってみたり、八王子の郵便局で年賀状を購入したり
ダイソーを見つけて単三電池を買ったりと相当いい加減になってきていました。
でも、基本「愉しむ」ということが根本のテーマです。(言い訳です)
このサイクリングは「愉しみたい」ということがテーマでもあるのですが、実は自分の体力
が落ちているかどうかの健康診断にもなっています。
体力、特に足の筋力を現状維持できているかどうかのバロメータにしています。
無事に走りきれれば、それで「よし!」出来なければ「問題あり!」ということになります。
今回の走行は9月3日土曜日に決行しました。
折りしも 台風12号が接近中ではありましたが、曇り空なので<気温がそれほど上がって
いない>ということと、土曜日なのでその分朝の通勤や通学での <歩行者が少ない>と
いうことが大きな理由です。
あっ、私は可能であればなるべく歩道を走ります。
もちろん、歩行者を第一に優先します!
いつの間にか、自転車は歩道から追いやられて車道を走ることになりましたが、よほどのことがない限り 私は車道には出ません!
車道に自転車専用レーンなどが出来た上での規制であれば、なんの不満も持ちませんが
ただ、単に<歩道を走らずに車道に出て走ろ!>と言われても納得がいきません。
特に道幅が狭く、車両が速度を上げて走る 甲州街道であれば尚更 車道には出たくあり
ません。
そんな理由もあり、走るタイミングは 夏ならお盆の頃か土日か 冬ならばクリスマス
以降から、年明けの1週間以内のお正月休みの間としています。
<いざ!出発!>
朝、6時頃に起きだして、まず天候を確認します。
予定通りに台風は接近してきています。
でも、まだ九州です。
関東に来るまで時間はあるはずです。
「よし、走ろう!」
荷物をバックに入れます。
携帯空気入れ、スポーツドリンク、サングラス、タオル、つばの長いキャップ、
カメラ、着替え用のTシャツ、携帯電話にお金 などなど 詰め込んで準備万端です。
(誰でも、どんなに気をつけて走っても事故にあわないという可能性はゼロではありませ
ん、病院へ担ぎ込まれたりすることも想定して、なるべく身なりは整えておきましょう)

7時20分
コーヒーとレーズンパンで軽く朝食を終えて、いざ 出発です。
住宅街の狭い道を経て、甲州街道に出ます。
基本的にこの20号線をどこまでも走れば相模湖まで行けます。
走りはじめは気分が高揚して、ついつい速度が上がりますが、そこはぐっとこらえて
ゆっくりと走ります。
なにせ、大垂水峠越えと帰路の走りが待っています。
その分の体力を残しておかなければなりません。
8時00分 スタートしてから40分ほど走りました。
ちょっとした橋を通過します。
見えている川は野川です。

京王線の駅名で言うと柴崎駅と国領駅の間です。
あと数キロ流れれば多摩川と合流します。
川幅の狭い小さな川ですが、生き物の気配を感じるいい川です。
やはり、土曜日ということで歩行者は少なくて走りやすいです。
順調にペダルをこぎます。

9時25分 走り始めてからおよそ、2時間後です。
ここで、左に折れます。
ついつい、「とにかく甲州街道を行けばいいんだ!」とだけ考えて走ると直進したくなる
ポイントですが、左折します。

20号線なのでこのままでもいいのでしょうが、遠周りになります。
個人宅のカーブミラーに自分を入れ込んでの1枚です。

ここまでくれば、道に迷うことはありません。
一安心 あとはひたすら道沿いに走るだけです。
しばらくは下り道です。
天候の条件がよければ、ここから富士山がきれいに見えます。
その後、ちょっとしたのぼり道になり大きな橋が見えてきます。
石田大橋です。
この橋を通過する時 いつも楽しみにしているものがあります。
それは大きな運送会社の建物の上に昭和の名車が飾られているのです。



何かわかりますよね。
ダイハツ ミゼットです。
ミゼットとは「小型」という意味だそうです。
そのままですよね。
昭和32年(1957年)から昭和42年(1972年)に生産されていました。
当時の零細事業者を支えた<オート三輪トラック>です。
発売当時の特徴は何と言っても単座にバーハンドル、ドアなし、前面は風防のみで天井部は幌で出来ていました。
ここに置かれてある車は立派なドアもあり、二人乗りを可能にしたDSVPタイプのもののようです。
ひょっとしたら、ここの運送会社の初代がこのミゼットと共に時代を突き進んできたのか
もしれません。
暑い日も寒い日も、このミゼットはオーナーと共にあったはずです。
その結果が現在の大きな運送会社に発展させたのかもしれません。
この会社の歴史は「ダイハツ ミゼット」と共にあるのです。
おそらく、私の想像は間違いないはずです。
それくらいの理由がなければ建物の上に飾られたりはしないはずです。
ここ数年、タイヤの空気が減ってきています。
車体についているホコリもだいぶ目立つようになってきました。
ミゼットはキーを入れて廻すと、すぐにでも走り出しそうです。
また、走れたらどれだけミゼットは喜ぶでしょうね。
そして、そのまま坂道を登っていくと石田大橋です。
多摩川に架かる立派な橋です。


中流域で、川幅が広がりゆるやかに水が流れています。
水質は数十年前と比べると、すばらしく澄んでいます。
行政の取り組みや地域の方々の努力の成果だと思います。
川の片側の土手にはサイクリングロードが作られてあり、人気のあるコースです。
よく格好の良いスポーツタイプのロードに乗った方々を見かけます。
散歩のコースとしてもたくさんの老若男女を見かけます。
「いい場所は人を呼び集める」これ単純な基本原則ですよね。
甲州街道を左折してから、およそ40分後 こんな風景にぶつかります。
「土方歳三資料館」があるのですね。

土方歳三は幕末期の幕臣で新撰組副長として局長 近藤 勇の右腕でした。
明治2年 戊辰戦争の最後の戦場となった 函館五稜郭の攻防戦で狙撃を受けて亡くなり
ます。
35歳でした。

この「日野」という場所は土方歳三の生家がある場所です。
資料館になっている場所は土方歳三の子孫が家の一部を開放しているものです。
歳三の愛刀「和泉守兼定」や写真 手紙などが陳列されています。
入場料金は大人500円です。
土方歳三の御子孫に逢ってみたい気がします・・・。
ちょっと休憩しましょう。
コンビニがちょくちょくあるので、助かります。

トイレも提供してくれますからね。
(使わせてもらうときは買い物をしてからにしましょうね)
10時35分 走り始めてからおよそ3時間ちょっとです。
八王子に入りました。

大きな街です。
駅前の商店街はすごく充実しています。
古い店と新しい時代の店がうまく混在していて、歩くと楽しくなる街です。
11時50分 高尾山口に着きました。
川のせせらぎが聞こえる、この場所で昼食をとることが多いです。

今回も途中のコンビニで買ったお弁当が昼食です。
焼肉弁当でパワーアップを図ろうかとも思ったのですが、肉とご飯だけというのも寂しい
かなと思い、結局 おもいっきり無難なサケの切り身が入った幕の内弁当にしました。
このパターンが一番 多いです。
高尾山は標高599m のハイキングに適した山です。
家族連れやカップルなどを多く見かけます。
リフトやケーブルカーなどもあり、足腰に自信がなくても頂上の見晴台まで行くことが出
来ます。
時には、ごちゃごちゃした都心を離れて森林浴をしながらデートなんていいですよね。
さて、昼食も済ませて いよいよこれから大垂水峠に入ります。
私の足は多少の疲れは感じているものの、普通に機能しています。
でも、ちょっと左足のひざの辺りに痛みが出てきています。
「進むか 戻るか」この場所でひとつの決断をしなくてはなりません。(私の場合)
2011年の夏、いつものように、ここまでは走ってこられました。
でも、その時 すでに左足のひざに激痛がはしっている状態でした。
八王子の薬局で湿布とサポーターを買い、ひざにつけていたのですが、どうにもなりません。
左足でペダルを踏み込めないのです。
こんな状態で大垂水峠を越えられるはずはありません。
たとえ越えたとしても、家に帰れなくなるでしょう。
2011年はここで引き返しました。
心の中で涙が出ました。
自分の身体が峠を越えられない。
前回は走りきれたのに、それが出来なくなっている その現実を突きつけられて
これほどまでに悲しい思いをしたことはありませんでした。
普段、何も運動をしていないし、体力そのものも落ちてきていたのかもしれません。
私がウォーキングを始めたのはこのことがあってからです。
私は2000年の1月にスキーで左足のひざにある内側の靭帯を切っています。
当時、やたら仕事が忙しく出張などもあったために病院でのリハビリは一切出来ない状態
でした。
手術をするわけでもなく、自然治癒をずっと待つわけです。
時間が経つにつれて、少しずつ回復したように思えていました。
でも、そうではなかったのですね。
普段の生活ではそれほど、違和感はありませんがある一定の運動量を超えるとひざに
痛みが出ることに気が付きました。
私は子供のころから自転車が好きで、大人になってからも自転車で通勤したり
休みの日には家族でよく自転車で遠出をしていました。(極貧のためだったともいえます)
お腹が空いていなくて、眠くもなければ何処までも走っていけそうな気がしていました。
でも、それは夢に過ぎなかったのです。
甘い妄想でした。
私の靭帯をもとの状態に近づけたい!
筋力をつけるためには歩くのがいいかな?と思い2011年からは意識して歩くようにしてい
ます。
あっ、横道にそれてしまったでしょうか。
問題は「進むか! 戻るか!」です。
結論は「もちろん 進む!!」です。
この日のために普段から歩いて足を鍛えてきたのです。
戻るわけないじゃないですか!
ふっふっふっ、(やな感じの笑い)「峠が俺を呼んでるぜ!」
12時20分 いざ、大垂水峠へ向かいます。
私はこの時 私の身体に起こる異変のことなど まったく知る由もありませんでした。

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いくつか、そうしたイベントはあるのですが そのひとつが自転車での相模湖行きです。
私が暮らす世田谷から甲州街道をひたすら八王子方面に向かって走ります。
八王子から高尾山口、そこから大垂水峠を越え相模湖へ、そこが目的地です。
そこまでの距離はおよそ50キロです。
帰りのコースは来た道を戻らずに412号線へ出て、そのまま413号線へ。
津久井湖の端っこを通過して16号線に出て、橋本を通り八王子に出るというコースをとり
ます。
そこからは来た道の甲州街道をまたひたすら走るというコースです。
走行距離はトータルでだいたい110キロになります。
所要時間は12時間半から16時間のあいだです。
朝の7時過ぎに家を出て、相模湖に着くのはいつも14時頃になります。
えっ、7時間もかかっているのですね。
もちろん途中 休憩はとります。
2時間走ったら10分休んだり、お昼は高尾山口の川のほとりでお弁当を食べたりと。
基本的にスピードには、まったくこだわっていません。
「のんびりと楽しく走りたい」これでいいのです。
私がこのサイクリングを始めたのは今から6年前の2009年の年末からです。
冬に1度、そして夏に1度 要するに半年に一度走るようにしました。
そもそものきっかけは、私自身 自転車で走ることが好きだったのですが一度に100キロ以
上走った経験がありませんでした。
最大で40~50キロほどでした。
なんか中途半端な走行距離がいやで、きりの良い100キロを走ってみたいものだとずっと
思っていました。
いろいろとコースを考えていたのですが、相模湖まで行って戻ってくれば100キロは越え
られるということに気が付きました。
距離的にはちょうど良いのですが、問題がひとつあります。
大垂水峠です。 この峠を自分が越えられるのか。
どれ位の斜度でどのくらいの走行時間がかかるかもよくわかりません。
車やオートバイであれば何も問題はないと思うのですが、自転車はあくまでも自分の体力
と気力がなければ走れません。(私の自転車にはアシストモーターは付いていません)
なんとかなるのかな? と始めた「恒例 相模湖サイクリング」です。
記録を見返すと 一番初めに走った時の時間が最速でした。
出発時間は7時くらいだったと思いますが、帰宅したのは19時05分でした。
おそらく、初めてのコースで道もよくわからないし、走行時間もよめないなどの不安材料が
あり 一生懸命 真面目に走ったのだと思います。
2回目以降は、ちょっとずつだらけてきて途中 高尾山口の参道に行ってそば屋に入ってみ
たり府中の回転寿司「スシロー」に寄ってみたり、八王子の郵便局で年賀状を購入したり
ダイソーを見つけて単三電池を買ったりと相当いい加減になってきていました。
でも、基本「愉しむ」ということが根本のテーマです。(言い訳です)
このサイクリングは「愉しみたい」ということがテーマでもあるのですが、実は自分の体力
が落ちているかどうかの健康診断にもなっています。
体力、特に足の筋力を現状維持できているかどうかのバロメータにしています。
無事に走りきれれば、それで「よし!」出来なければ「問題あり!」ということになります。
今回の走行は9月3日土曜日に決行しました。
折りしも 台風12号が接近中ではありましたが、曇り空なので<気温がそれほど上がって
いない>ということと、土曜日なのでその分朝の通勤や通学での <歩行者が少ない>と
いうことが大きな理由です。
あっ、私は可能であればなるべく歩道を走ります。
もちろん、歩行者を第一に優先します!
いつの間にか、自転車は歩道から追いやられて車道を走ることになりましたが、よほどのことがない限り 私は車道には出ません!
車道に自転車専用レーンなどが出来た上での規制であれば、なんの不満も持ちませんが
ただ、単に<歩道を走らずに車道に出て走ろ!>と言われても納得がいきません。
特に道幅が狭く、車両が速度を上げて走る 甲州街道であれば尚更 車道には出たくあり
ません。
そんな理由もあり、走るタイミングは 夏ならお盆の頃か土日か 冬ならばクリスマス
以降から、年明けの1週間以内のお正月休みの間としています。
<いざ!出発!>
朝、6時頃に起きだして、まず天候を確認します。
予定通りに台風は接近してきています。
でも、まだ九州です。
関東に来るまで時間はあるはずです。
「よし、走ろう!」
荷物をバックに入れます。
携帯空気入れ、スポーツドリンク、サングラス、タオル、つばの長いキャップ、
カメラ、着替え用のTシャツ、携帯電話にお金 などなど 詰め込んで準備万端です。
(誰でも、どんなに気をつけて走っても事故にあわないという可能性はゼロではありませ
ん、病院へ担ぎ込まれたりすることも想定して、なるべく身なりは整えておきましょう)

7時20分
コーヒーとレーズンパンで軽く朝食を終えて、いざ 出発です。
住宅街の狭い道を経て、甲州街道に出ます。
基本的にこの20号線をどこまでも走れば相模湖まで行けます。
走りはじめは気分が高揚して、ついつい速度が上がりますが、そこはぐっとこらえて
ゆっくりと走ります。
なにせ、大垂水峠越えと帰路の走りが待っています。
その分の体力を残しておかなければなりません。
8時00分 スタートしてから40分ほど走りました。
ちょっとした橋を通過します。
見えている川は野川です。

京王線の駅名で言うと柴崎駅と国領駅の間です。
あと数キロ流れれば多摩川と合流します。
川幅の狭い小さな川ですが、生き物の気配を感じるいい川です。
やはり、土曜日ということで歩行者は少なくて走りやすいです。
順調にペダルをこぎます。

9時25分 走り始めてからおよそ、2時間後です。
ここで、左に折れます。
ついつい、「とにかく甲州街道を行けばいいんだ!」とだけ考えて走ると直進したくなる
ポイントですが、左折します。

20号線なのでこのままでもいいのでしょうが、遠周りになります。
個人宅のカーブミラーに自分を入れ込んでの1枚です。

ここまでくれば、道に迷うことはありません。
一安心 あとはひたすら道沿いに走るだけです。
しばらくは下り道です。
天候の条件がよければ、ここから富士山がきれいに見えます。
その後、ちょっとしたのぼり道になり大きな橋が見えてきます。
石田大橋です。
この橋を通過する時 いつも楽しみにしているものがあります。
それは大きな運送会社の建物の上に昭和の名車が飾られているのです。



何かわかりますよね。
ダイハツ ミゼットです。
ミゼットとは「小型」という意味だそうです。
そのままですよね。
昭和32年(1957年)から昭和42年(1972年)に生産されていました。
当時の零細事業者を支えた<オート三輪トラック>です。
発売当時の特徴は何と言っても単座にバーハンドル、ドアなし、前面は風防のみで天井部は幌で出来ていました。
ここに置かれてある車は立派なドアもあり、二人乗りを可能にしたDSVPタイプのもののようです。
ひょっとしたら、ここの運送会社の初代がこのミゼットと共に時代を突き進んできたのか
もしれません。
暑い日も寒い日も、このミゼットはオーナーと共にあったはずです。
その結果が現在の大きな運送会社に発展させたのかもしれません。
この会社の歴史は「ダイハツ ミゼット」と共にあるのです。
おそらく、私の想像は間違いないはずです。
それくらいの理由がなければ建物の上に飾られたりはしないはずです。
ここ数年、タイヤの空気が減ってきています。
車体についているホコリもだいぶ目立つようになってきました。
ミゼットはキーを入れて廻すと、すぐにでも走り出しそうです。
また、走れたらどれだけミゼットは喜ぶでしょうね。
そして、そのまま坂道を登っていくと石田大橋です。
多摩川に架かる立派な橋です。


中流域で、川幅が広がりゆるやかに水が流れています。
水質は数十年前と比べると、すばらしく澄んでいます。
行政の取り組みや地域の方々の努力の成果だと思います。
川の片側の土手にはサイクリングロードが作られてあり、人気のあるコースです。
よく格好の良いスポーツタイプのロードに乗った方々を見かけます。
散歩のコースとしてもたくさんの老若男女を見かけます。
「いい場所は人を呼び集める」これ単純な基本原則ですよね。
甲州街道を左折してから、およそ40分後 こんな風景にぶつかります。
「土方歳三資料館」があるのですね。

土方歳三は幕末期の幕臣で新撰組副長として局長 近藤 勇の右腕でした。
明治2年 戊辰戦争の最後の戦場となった 函館五稜郭の攻防戦で狙撃を受けて亡くなり
ます。
35歳でした。

この「日野」という場所は土方歳三の生家がある場所です。
資料館になっている場所は土方歳三の子孫が家の一部を開放しているものです。
歳三の愛刀「和泉守兼定」や写真 手紙などが陳列されています。
入場料金は大人500円です。
土方歳三の御子孫に逢ってみたい気がします・・・。
ちょっと休憩しましょう。
コンビニがちょくちょくあるので、助かります。

トイレも提供してくれますからね。
(使わせてもらうときは買い物をしてからにしましょうね)
10時35分 走り始めてからおよそ3時間ちょっとです。
八王子に入りました。

大きな街です。
駅前の商店街はすごく充実しています。
古い店と新しい時代の店がうまく混在していて、歩くと楽しくなる街です。
11時50分 高尾山口に着きました。
川のせせらぎが聞こえる、この場所で昼食をとることが多いです。

今回も途中のコンビニで買ったお弁当が昼食です。
焼肉弁当でパワーアップを図ろうかとも思ったのですが、肉とご飯だけというのも寂しい
かなと思い、結局 おもいっきり無難なサケの切り身が入った幕の内弁当にしました。
このパターンが一番 多いです。
高尾山は標高599m のハイキングに適した山です。
家族連れやカップルなどを多く見かけます。
リフトやケーブルカーなどもあり、足腰に自信がなくても頂上の見晴台まで行くことが出
来ます。
時には、ごちゃごちゃした都心を離れて森林浴をしながらデートなんていいですよね。
さて、昼食も済ませて いよいよこれから大垂水峠に入ります。
私の足は多少の疲れは感じているものの、普通に機能しています。
でも、ちょっと左足のひざの辺りに痛みが出てきています。
「進むか 戻るか」この場所でひとつの決断をしなくてはなりません。(私の場合)
2011年の夏、いつものように、ここまでは走ってこられました。
でも、その時 すでに左足のひざに激痛がはしっている状態でした。
八王子の薬局で湿布とサポーターを買い、ひざにつけていたのですが、どうにもなりません。
左足でペダルを踏み込めないのです。
こんな状態で大垂水峠を越えられるはずはありません。
たとえ越えたとしても、家に帰れなくなるでしょう。
2011年はここで引き返しました。
心の中で涙が出ました。
自分の身体が峠を越えられない。
前回は走りきれたのに、それが出来なくなっている その現実を突きつけられて
これほどまでに悲しい思いをしたことはありませんでした。
普段、何も運動をしていないし、体力そのものも落ちてきていたのかもしれません。
私がウォーキングを始めたのはこのことがあってからです。
私は2000年の1月にスキーで左足のひざにある内側の靭帯を切っています。
当時、やたら仕事が忙しく出張などもあったために病院でのリハビリは一切出来ない状態
でした。
手術をするわけでもなく、自然治癒をずっと待つわけです。
時間が経つにつれて、少しずつ回復したように思えていました。
でも、そうではなかったのですね。
普段の生活ではそれほど、違和感はありませんがある一定の運動量を超えるとひざに
痛みが出ることに気が付きました。
私は子供のころから自転車が好きで、大人になってからも自転車で通勤したり
休みの日には家族でよく自転車で遠出をしていました。(極貧のためだったともいえます)
お腹が空いていなくて、眠くもなければ何処までも走っていけそうな気がしていました。
でも、それは夢に過ぎなかったのです。
甘い妄想でした。
私の靭帯をもとの状態に近づけたい!
筋力をつけるためには歩くのがいいかな?と思い2011年からは意識して歩くようにしてい
ます。
あっ、横道にそれてしまったでしょうか。
問題は「進むか! 戻るか!」です。
結論は「もちろん 進む!!」です。
この日のために普段から歩いて足を鍛えてきたのです。
戻るわけないじゃないですか!
ふっふっふっ、(やな感じの笑い)「峠が俺を呼んでるぜ!」
12時20分 いざ、大垂水峠へ向かいます。
私はこの時 私の身体に起こる異変のことなど まったく知る由もありませんでした。

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