単純!神様の法則①~愛と不安、出来事と感情のセットメニュー~ | スピリチュアルカウンセラー癒しのブログ~LightSmile埼玉県~

単純!神様の法則①~愛と不安、出来事と感情のセットメニュー~

人の感情って、大元は
愛と不安
と言う2つセットから成り立っていると思います。

誰かを愛し、そして、その人に愛してる
と伝えるとします。

すると
伝えた直後から

相手がどう思ってるんだろう?
私の事、愛してくれてるかしら?

と不安が顔を出します。

そして、相手の愛情を知ると、今度は、
その愛情が永遠と続いて欲しい。
この愛を無くしたくない

と不安になります。

ね。
愛と不安はセットメニューなんですあせる

でも本当は、セットメニューを希望しているのは、私達の思考、考えが欲しがったメニュー。

神様目線?
からみれば、大元は、確かに
愛と不安
の2つしかありません。

でもセットメニューにしてないんです。
別物。

ただの出来事だけをみると

ただ、愛しただけ。
愛を伝えたいから、相手に伝えただけ。

相手がどうとか、不安とかは、関係ない出来事なんです。

出来事と、その出来事に対する感情は別物なんです。


感情は、私達の思考が作り出すもの。


愛と言う出来事が起きただけ。
そして、人間の思考が勝手に、不安とセットメニューにしちゃっただけ。



じゃあ単品メニューをみてみましょう。

なぜ、愛と不安、出来事と感情というメインメニューがないのでしょうか?


上記に書いた

愛してる

の例にそって


「不安」の先をたどると


相手も愛してるといってくれるかな?

と不安が起こり

そして、言って欲しい

と言う

「期待」

の感情が沸きあがって、

そして、言ってくれなかったとしたら、

思い通りに行かなかったという

「イラダチ」

と言う感情が沸き出てきたり、

「不満」

と言う感情に変わったり。。。



思い通りに行くカナ?

と不安になったら

「緊張」

という出来事がくっついて来たり

思い通りに出来なかったら

「自己嫌悪」

と言う落ち込む感情が出てきたり。。。



ね。

感情は、大半が不安が元でしょ?


何が言いたいかと言いますと


愛に基づいた出来事

不安などという思考が作り出す感情

という

出来事と感情

というメニューしかないんです。

そして、それは、それぞれ単品メニュー。



そして、又言いますが、

これら全部、不安やイラダチなどは、思考が作り出す感情です。


出来事ではないんです。


とっても嫌な人がいて、バカにされたとしたら

出来事は

○○さんにバカにされた

だけ。

バカにされると言う出来事が起きただけ。


そして、思考が作り出す感情の部分は

ソイツに腹立ったパンチ!

イライラした爆弾


って部分。


この別物って説明は分かります?

そして、


出来事だけをみて、ただ起こっている事を見つめましょう。


って良くスピリチュアルな本には書いてあります。

でも、人間ですから、腹立つって感情がセットメニューとして登場しちゃったって

しょうがないですよね。

そんな、切り離してだけみろって言われても、神様じゃあるまいし、悟った人間じゃない限り出来ませんあせる

私は無理です得意げ

絶対、感情をセットメニューにしちゃいます。


嫌な出来事が起こったら、一緒に腹立つ感情が出てきちゃいます。

夢に向って頑張っているのに、邪魔されるような出来事が起こったら、

夢が叶うのかな?

って不安が出てきちゃいますあせる






ちょっと話は、それますが、
私達は、どこから来たんでしょう?

私、そしてその親から、又その親、そして又その親…

こうやって遡って行くと、

最初の人間と言われる


アダムとイヴ


にたどり着き、そして、その上の神様にたどり着くと思いません?


逆から言うと

神様と言う存在って
たった一人で、そして、神様が全てで、神様は完璧。愛そのもの。
何にでもなれる存在。

神様って、こんな存在ですよねキラキラ

その神様が、1番初めは、たった一人だったら。
完璧な自分しか居なくて、全てが可能で、何にでもなれる。
でもそれじゃ退屈なんです。

何かを欲しくて、努力する経験や
何かになりたいのになれず、悔しい思いを経験したり、人を恨んだり…
深い愛情って本当は、どんなだろう?
ともがき、悲しみ、さみしい思いをしたり。


色々な経験をして、手に入れる幸せ、愛、奇跡を体験したかったんだとしたら。

その経験をするために、わざわざ自分を分離させて

アダムとイヴ

を作ったのだとしたら。


そして、更に幸せを倍味わう為に

真逆な出来事を作ったのだとしたら。。。


太陽の輝きを更に実感してもらう為に

夜の暗闇

を作ったのだとしたら。

そして、その暗闇と言う夜を経験したから、太陽の輝きを倍感じられるのだとしたら。。。


人の深い愛情を知る為に

真逆の孤独や裏切り

を経験し、十分その辛さを味わってから、人の愛情や優しさを知ったとしたら。。。


全ての出来事が倍、感じられると思います。


そうやって、真逆な出来事を神様は一緒に作ったんだと思います。


でも、きっと、人々に苦しみを与えようとしんたではないと思います。

ただ、真逆の出来事を作っただけ。


夜と言う真逆をただ味わって、暗さを体感した後

朝と言う明るさをただ、味わった欲しかっただけ。


ソコに、

暗闇が怖い!!

などと言う感情がくっついて、苦しみを与えるだなんて事は望んでいなかったと思います。

想定外

ってヤツではないでしょうか??


そして、私達をさかのぼってたどり着いた大元は、

「何にでもなれる、完璧な神様」

だったとしたら、

今の私達も、神様の一部でしょ??

何にでもなれる神様という愛の存在の一部なのだとしたら。


そして、その完璧な神様の一部

と言う記憶を消して、人間として生まれて来たんだと思うんです。


だって、

私は完璧!

何にでもなれるし、私は全て!!愛そのもの。

って知ってたら、


私は、将来、ピアニストになれる

って始めっから知ってたとしたら、

ピアノの練習って努力を体験しないじゃないですかにひひ

仮に体験したって、ピアニストになれるのを始めっから知ってたら、努力も適当ですよね☆


だから、

私達は完璧な存在

私達は何にでもなれる存在

私達が愛の存在

って事を忘れて、人間になったんです。


そして、1つ1つの出来事を経験して、愛を、喜びを、知って神様に近づいていくんだと思います。

正確には、思い出していくんだと思います。


だから、不幸のどん底を経験している方は、

その先、今は見えないもっとその先には

今の不幸の真逆の

幸せ

が必ず用意されているんです。


私達が、


何にでもなれる完璧な存在


なのだとしたら、

先ほど書いたような

「不安」

をイチイチセットメニューにしなくていいじゃないですか?


だって、

何にでもなれるんです。

完璧なんです。

私達。

私達が望めば、何にでもなれるんです。


不安になる必要がないんです。



何かを望んでいるのに、なれない!

実現しないじゃないか!!


って人は、

望んでいる裏に

「本当に実現するのかぁ??」

って何にでもなれる存在

って事を疑っている様な感情が潜んでいませんか?


望みが叶うのか??


って不安が隠れていませかん?


とりあえず、

「私達は、完璧な存在」

「何にでもなれる存在」

「神様の一部」


って事を信じ切ってみませんか?

1滴の不安も無いくらい、子供の様に単純に信じきってみましょうよ。


信じ切る事が幸せの近道です。

楽しい近道です。


そして、本当に何にでもなれる小さな奇跡が起こってきます。

小さなラッキーが起こってきます。


ぜひ、単純に信じ切ってみましょう。

子供がタンサクロースを信じているようににひひ



単純に解り易く書いたのですが、むずかしかったですかねぇ??

長々とお読みくださりありがとうございました☆












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