三男から始まり、私→長女→長男(→次男→夫)…とインフルエンザパンデミック真っ最中の我が家です![]()
※次男と夫は熱が出始めたところで未受診
こんな時間にブログ更新なんてしないで寝たら?と思われるでしょう。
咳がひどすぎて寝れないんだよー![]()
というわけで久々のブログ更新です。
昨日ちょっとしたことで気付きがあったので、ちょうどそれを残しておきたかったんです。
昨日の出来事
なんてことはないんです。
熱で沢山汗が出たし、ちょっとあったまりたくてお風呂に浸かったんです。
娘も一緒で、みんなインフルエンザなこと以外はいつもとなんら変わらないお風呂でした。
そんなに長時間は入れないので、お風呂のおもちゃは出さずでしたが、娘もお湯に浸かっている間は機嫌が良くて、
「やっぱりお風呂は気持ちいいねー」
なんて話しかけてお風呂に浸かってました。
おもちゃがなくても娘は遊ぶのが好き。
私の手を引っ張って、お湯を手で掬えと指示してきます。
これもいつもと変わらないことなんです。
私の両手で掬ったお湯を娘の小さい手がかき混ぜたり、両手を娘が引っ張ってお湯がこぼれるのを見て笑ったり…。
そんないつもと変わらない遊びをしていました。
いつもの遊びがまさかの気付きに
そんな名もなき遊びの最中、自分の手のひらのお湯を見て発見したんです。
ハートになってる〜![]()
なんて可愛いんだろう。
って。
もうほんと、何の話してるん?って思われること間違いなしなんですが![]()
でも娘と一緒に遊んでる間の私は、私の手のひら、その手の中のお湯、娘との言葉を介さないコミュニケーション、お湯のあったかさ…全てがとにかく愛おしくて幸せを感じたんです。
SHOGENさんとは
上記の体験をうまく言語化できなくて悔しいのですが、突然SHOGENさんの話をしますね。
SHOGENさんはアフリカにティンガティンガというアートを学びに行き、その滞在先のタンザニアにあるブンジュ村でお世話になった村長から不思議な話を聞きます。
それがまさかの日本のおそらく縄文時代の話で、現代の私達が忘れてしまっている精神性の話。
その学んだ話を地道に広めていっておられて、最近著書も出版されました。
人気すぎてすぐには手に入らないかもですが、ぜひとも紙の本で読んでほしいです。
そして誰か共感してくれそうなお友達がいたら貸してあげてほしい!
私がSHOGENさんを知ったのは、TOLANDVLOGを見ていたからでした。
TOLANDVLOGは大学で講義できるんちゃう?と思うくらい神話や口伝からの歴史考察がすごすぎて大好きです❤
SHOGENさんとは別でTOLANDさんも超おすすめです。
いつも欠かさずTOLANDVLOGを見てるので、
ちょっといつもと違う話だな…
ひすいこたろうさん…?
と見てみたら魂揺さぶられました。
私の今後の生き方を大きく変える話だと思ったし、これは絶対にたくさんの人に知ってもらわないといけない話だと感じて、とりあえず夫にLINEでこれ見てーと送りました。
行動が小さすぎる件🤣
それから本も買って、SHOGENさんのYoutubeも見てる感じです。
直接お話を聴ける機会があれば行きたいと思ってます。
SHOGENさんのYoutube、是非チャンネル登録してください!
SHOGENさんと手のひらのお湯
SHOGENさんを初めて知った方にはほんと訳がわからないと思いますが😂
SHOGENさんのお話の中で、
縄文時代の人は、自分の動作一つ一つを愛していたんだよ
例えば水を掬う手の形が可愛いなとか、
全ての行為を愛して、全ての出来事を深く味わっていたという話が出てくるんです。
私がお風呂で娘と戯れていて、それがたまらなく愛おしい幸せな時間だなと感じた時、その話がふっと頭に浮かんで、そうか、これのことかーと思ったんです。
いや、正確にはイコールではないと思います。
私の場合は
・お湯がハートで可愛い
・娘と言葉がなくても通じ合えるのが幸せ
といった条件付きのものなのかもしれません。
でも、これがヒントじゃないかなという感覚がありました。
このじんわりとあったかい幸せを集めていたのが縄文の人達だったんじゃないかなと私は解釈しました。
それと同時に、
この感覚は忘れていただけで私の中に確かにずっとあったものだ
今からでもみんな思い出して気付いていけるものだ
とも感じました。
ほんと、SHOGENさんの話を知らない人には何言ってるのかわからない話になってしまいましたが![]()
でも、この気付きを忘れないでいたいのです。
きっと最後に残るのは愛
過去ブログを遡ってもらうとわかりますが、私は子どもを産んでから長年、自己肯定感と向き合ってきました。
ここ2年くらいはもうそれも終わったと感じていて、過去のブログをどうするかなーと考え中でもあります。
自己肯定感やインナーチャイルドなんかを突き詰めると、出てくるのはお母さんへの
これ嫌だった!
こう言われたくなかった!
ああされたくなかった!
なんです。
一生懸命育ててくれたし、毒親でもない普通のお母さんなのに…ととても申し訳なく思ってました。
それがここ最近やっと終わったようで、断片的ですが幸せな記憶が蘇る瞬間があるんです。
その記憶はどれもなんでもない日常のワンシーンです。
お母さんにおんぶされてる私だったり、
一緒に外を歩いてたり、
お花を摘んで遊んでたり…
何か褒められたとか、買ってもらったとか、そういうのじゃないんです。
どれも特別じゃない日々の1コマなんです。
何かを買ってもらうとかがドーパミン系の幸せとするなら、私の中に蘇る記憶はオキシトシン系の幸せなんじゃないかと思います。
そういうのがふとした瞬間に蘇ることがあるんですけど、お風呂での気付きはそれに似ていました。
なんだ、ずっと私の中にあったんやね。
見つけてもらうのを待ってたんやね。
そんな感覚でした。
言語化が難しい話で、うまく文章にできずもどかしいのですが…
最後まで読んで頂いてありがとうございました![]()
すっきりしたお部屋で自分らしく過ごせる方が増えますように![]()
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