今日はビザ手続き中に起こった複雑な複雑な出来事についてお話します。
これも全て過去の無知でバカな私が悪いんだけど・・。
恥を承知でカミングアウトします
こんな例は何かのお役に立てるとは思えないけど・・。
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無事引越し
を終え、アメリカ大使館からのパケット一式を首を長~くしながら待っていた![]()
すると、2週間後に待ちに待ったビザインストラクションの封筒が届いたのです![]()
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いいわ~いいわ~
全て順調![]()
早速、DS-230を
返送し、張り切って
書類集めをしようとした矢先。。。。。。。。。。
大使館の方から、一枚のFAXが届いたのである。
そこには・・・
「DS-230は確かに受け取りました。
息子さんの事でお聞きしたいことがあります。
ご都合の良い日にご連絡お待ちします。」 と書かれてあった。
もちろん出来るだけ早く愛する息子を連れて、海の向こう側にいる愛しの家族に会いたいから、
どんな小さな事でも早々にクリアしたかった。
何なのかしら~?表現できぬ不安感に駆られながら電話してみた![]()
すると、担当の方からこんな質問が・・・・・。
「お子さんのお父さんはアメリカ人ですよね?」
「はい、そうですけど何か?」
「では、何故お子さんはアメリカ国籍をお持ちでないのですか?」
私は一瞬状況が掴めなかったが、ここに来て大きな問題に気づく。
それは息子の誕生した頃にさかのぼる・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
元夫は当時ミリタリーを自己退役し、Off Baseの建設業に就職していた。私は結婚+出産とが重なりそれまで以上に忙しい毎日だった。日本のお役所に結婚届をした後、続いて息子の出生届を出しに行った。同時にアメリカ側には在日アメリカ大使館の市民サービス課に届けを出す事で初めて息子は2重国籍が与えられる。こちらは当然アメリカ人である夫が届けを出す必要がある。
今思えば、何故もっと夫を強制的に連れて行かなかったのかとか、でもその前になぜ彼がその責務について当たり前に手続きしてくれなかったのか・・今と思うと私も彼も親として失格である。
生活はもちろん可愛い息子中心で回っていた。そんな時、夫がそろそろCaliforniaで暮らさないか?と言ってきた。私の両親にとって初孫であるJがかわいくてたまらないのは分かっていたので私の故郷で少し生活してからでもいいかと提案し、彼もそれを了承した。
2年余りの田舎暮らしの後、彼は単身でCaliforniaに戻っていった。新生活の為に私も息子を両親の協力を得ながら渡航費や生活費を稼いでいた。4ヵ月後、夫のいる街まで2歳半の息子を連れて渡米。
そこで私が見た生活たるやとても安心して暮らせるような所ではなかった。その後、日本⇔アメリカを行き来するも嫌な予感は次々と的中した。初めて会いに行ってから4年後再会した時、夫や父親である前に人間として堕落していく彼を見た時、離婚を決意。
最終的に離婚が成立するまで更に何年もかかったけれど、それについては今は出来れば思い出したくない過去であり、このブログの主旨と懸け離れていくので終わり。その後、再婚の「さ」の字も考えた事はなかった。
息子に「新しいお父さんが欲しい」と言われた時は、びっくりしたがそれでも結婚は懲り懲りだと真剣に考えるとこまで到らなかった。
J-Loに出会うまでは・・・ね。
-本題に戻る-
事のいきさつを洗いざらい全てお話した。
担当の方より・・
「息子さんはアメリカ国籍を取得できる可能性があります。その場合、K2ビザ申請は出来ません。それとここはあくまでビザセクションですので、一度領事館の市民サービス課にご相談されてから再度ご連絡ください。」
との事。
領事館とのやり取りは次号に続きます・・・・![]()