今日も学科が3時間、実技2時間。
お昼すぎに3時間ほど空くので、
観光スポットへ
歩いて行ける、
・銭形砂絵
・琴弾八幡宮
・観音寺
・神恵院
へ行きました ![]()
歩いて行けるんだけど、暑いし、ばったり会った教習所のバスのおじいちゃんに
琴弾八幡宮の入口までバスに乗せていただきました![]()
いよいよスタートです。
■琴弾八幡宮
<wikipedia より>
琴弾八幡宮(ことひきはちまんぐう)は、香川県観音寺市の琴弾山にある神社である。旧社格は県社。
八幡神として応神天皇・神功皇后・玉依姫命を祀る。
神仏習合の時代には当社が四国八十八箇所第68番札所だった。
現在は四国曼荼羅霊場23番。さぬき十五社の14番でもある。
(歴史)
社伝では、大宝3年(703年)3月、琴弾山で修行していた日証上人が八幡大菩薩の乗った船が近くに漂着したのを見つけ、里人とともに船を山頂に運び祀ったのに始まると伝える。
そのとき、船の中から琴の音がしていたことから「琴弾」の社名がある。同時に当社の神宮寺として、後に第69番札所観音寺となる神宮寺を建立した。
大同 2年、四国を行脚中の空海が当社に参拝し、琴弾八幡の本地仏である阿弥陀如来の像を描いて本尊とし、琴弾山神恵院(じんねいん)として第68番札所に定めたという。
中世には源氏の崇敬を受けた。源頼義は前九年の役に前に使いを立てて願文を納め、その子の義家は社殿を造営し、神馬を奉納した。義経は屋島の戦いの後に平家追討を祈願して馬と鳥居を奉納し、頼朝は1千貫文の土地を寄進した。
明治の神仏分離により、本地・阿弥陀如来像は観音寺境内の西金堂に移され、琴弾神社と神恵院に分離された。第二次大戦後、琴弾八幡宮と復称した。
しかし・・・・く、くゎ くわい、階段っ!!!!!!
甘く見てました
この暑い夏にこの階段はコクってもんです。
でも、上に行きたいし・・・銭形砂絵も観たいし・・・
とりあえず必死に、小さい神社をお参りしながら登りましたわ。
そしてようやく頂上。
近くには景色を眺めながら休める場所も。
もちろんっ!休みます。
あぁっ!
肝心の八幡宮を撮っていません。
お参りするのに必死で ^^;
詳しくは、こちらを観ていただければ。。
-観音寺市の神社HP-
http://kagawa.bine.jp/jinnjya/kanon/15kotohiki8/15kotohiki.html
確かに「寛永通宝」って書いてます。
本当良い景色です。
あぁ、これが銭形平次のエンディングねー。。。
(幼少時代観た。)
とりあえず、観音寺の観光スポット1つ、クリアしましたっ
















」で締めてくださいな 














な午後に。。















仮免












