おはようございます。
9月26日、土曜日の朝、いかがお過ごしですか。松本潤です。
昨日、今日、明日と、嵐は京セラドーム大阪でコンサートをやらせて頂いております。
えー、そんな中、今日は月末Satuadayということで、月イチ嵐2000年を今日はやっていきたいと思います。
では約30分間、僕・松本潤とお付き合いください。Jun Style、スタートです。
HORIZON
改めましておはようございます。嵐の松本潤です。
今日のオープニング曲は、えー、All the BEST!にも入っております2000年の曲ですね。嵐で『HORIZON』聞いてもらってます。
さぁ、月イチ嵐、早速始めていきたいと思います。
今月は2000年ですね。
いきたいとおもいます。
**さんから頂きました。
えー、2000年の思い出、ということで。
えー、潤くん、こんにちは。こんにちは。
私は16歳の高校2年生です。
嵐の皆さんがデビューしたのは私がちょうど小学校1年生のとき。
私が嵐を知ったのは、小学校2年生の2000年。
小学校の運動会で偶然嵐のデビュー曲『A・RA・SHI』を踊ったんです。
それから今まで未熟ながら応援してきました。
小学校時代は皆さんがお兄ちゃんみたいですごい近い感覚でした。
今でも小学校時代の仲間と集まると、「あの時踊ったよね。まだ踊れるよ。」と言って、小学生用に簡単にされた『A・RA・SHI』を踊ります。
不意に考えると、もう9年も応援してきているんだなぁって思い、不思議な感じです。
なかなか9年間も夢中になれることなんてありません。
最近、いろいろなところで10周年の企画をやっていてデビュー曲を聞くと、この9年間のことを思い出してきて自然と涙が出てきてしまいます。
えー、嵐さんは今年でもう10年。
でもまだ10年。
これからも私たちの思い出と共にずっといい意味で変わらない嵐でいてください。
嵐さん、大好きです。
ということです。
すごいね。
小学校1年生だった子が高校2年生になる、と。
そりゃそうだよね。
高1で始まった俺が気がついたら26ですからね。
10年っていうのはそれだけの月日だということですね。
さぁ、ということで。
えー、本日は月イチ嵐2000年、えー、読める限りメールご紹介していきたいと思います。
ではココで1曲。
嵐で『SUNRIZE日本』。
SURIZE日本
2000年の4月リリースですね。
嵐で『SUNRIZE日本』聞いて貰いました。
<CM>
松本潤がお送りしている嵐・Jun Styleです。
えー、今回は2000年のあなたと嵐との思い出について話していく月イチ嵐ということで、2000年の主な出来事を振り返ってみたいと思いますが。
2000年だからさ~、多分・・・こん時だよね?2000年のなんか・・・あのファンランとかやったの。
確か。
2000年問題の真っ只中だったと思うんだよね。
2001年だと俺が18でしょ?
2000年から2001年のカウントダウンはたぶん出てないし。
だから多分この年だったと思うんですけど。
正月、そのカウントダウン・・・の代わりに、カウントコンサートに出ず
に・・・やってたのが多分この年だと思うんですよね。
最初オーストラリア行って。
シドニーかなぁ、確か。
んで、なんか、New Year FUN RUNっていって5kmぐらいですかね?走るんですよ。
で、また飛行機に乗って、時差の関係で、その・・・まだ年を越えてないハワイに入るんですよ。
で(笑)、ハワイでもっかい「Happy New Year!」といって走る、っていう・・・。
2回・・・こう・・・”Happy New Year!”っていえるっていう・・。
お得なんだか・・・なんでしょうねぇ(笑)
あの・・・(笑)、なんでしょうねって今言っちゃうとアレなんだけど。
そのときって結局2000年問題でコンピューターがどーたらとかさ、いろんな話があったじゃないですか。
そんな中、その飛行機に乗って・・・1999年から2000年になって、2000年から1999年に戻るってどういうこと?みたいな。
そんなん大丈夫なの?みたいな。
なんか俺ら、もうこれで終わりだ、みたいなコトを冗談で飛行機の中でゆってた記憶がありますけど。
えぇ。
ま、そんなことから始まり。
えー、3月の20日から26日まで、第31回春の高校バレーのプレゼンター。
えー、4月の5日、シングル『SUNRIZE日本/HORIZON』をリリース。
4月の6日から「嵐 FIRST コンサート2000」。
えー、4月6日 大阪城ホール、29日、30日 横浜アリーナと。
そして、えー、4月の15日から、えー、バラエティ「ガキバラ帝国2000」に出演。
そして7月の12日、シングル『台風ジェネレーション』をリリース。
そして7月15日、その『台風ジェネレーション』リリースの記念というか、ま、『台風ジェネレーション』のCDの中にこう・・・チケットみたいのが入ってたのかな?
えー、ビデオコンサートっていうのをやりまして。
8月の13日から8月の29日まで、「嵐”台風ジェネレーション”SUMMER CONCERT2000」。
関東は8月の28と29日に横浜アリーナですね。
えー、10月の9日、ジャニーズ秋の感謝祭 in 東京ドーム
11月の8日、シングル『感謝カンゲキ雨嵐』をリリース。
11月の26日、TV「錦織&嵐 初めてのNY豪華夢のまる秘ツアー」
えー、12月の10日、「史上最悪のデート」2nd DATE「ビンボー美少年VS金持ちお嬢様」、えー、ユウスケ役で出演。
ということです。
これがまぁ年の・・・スケジュールですね。
すごいですね、これ、前半・・・曲をまたがずして1年間を振り返れるっていう・・・。
ねっ。
駆け出した・・・ばかりの・・・1年目ですね。ハイ。
ま、こんな年ですが。
えー、早速ですが、メールの方も読んでいきたいと思います。
○○さんから頂きました。
潤くん、おはようございます。おはようございます。
2000年を振り返ってみて、一番最初に浮かんだのは1stコンサートです。
先輩方のバックで活躍していたコンサートや、ジャニーズJr.コンサートとは違い、嵐だけで行われる初めてのコンサート。
その記念すべき1stコンサートに入れた私は、初めて間近で歌って踊る潤くんを見て、とてもカンゲキしたのを覚えています。
デビューして半年。
持ち歌が少ない中でもさまざまな演出で私たちを楽しませてくれ、中でも無音の中で和太鼓をたたく嵐の姿がとってもかっこよかったです。
潤くんのソロ「SUPER STAR」も当時のかわいらしい潤くんにぴったりでした。
最初から最後までホントに楽しくて、コンサート終了後、そのとき初めて「ずっとこの人たちに付いていく~」と決めました。
そして早く嵐の楽曲だけのコンサートになるといいなぁ、と思いました。
1stコンサートは今でも素敵な思い出として、記憶に残っています。
不思議なもので、楽しかった時間の記憶は薄れないんですね。
ということです。
1stコンサートですよ。
懐かしいですね。
ではここでクイズをいきたいと思います。
えー、名前がないんです。
コーナー名、月イチ嵐
潤くん、おはようございます。おはようございます。
毎週欠かさず聞いています。
2000年の月イチ嵐ということで、ここでクイズを出します。
嵐の1stコンサート
嵐の皆さんと会場のファンの全員であることをしました。
それはなんでしょう。
今のファンと一緒に何かをする、というコンサートの土台を作ったものとも言えると思います。
見てる人はわかると思いますが、僕はわかってます。
僕の答えは、ちなみに嵐の『A・RA・SHI』でパラパラをやった。
さぁ、答え合わせ、いってみましょう。
デン!
答えは会場全員で『A・RA・SHI』のパラパラを踊りました。
私にとって生まれてはじめてのコンサートで、横浜アリーナの一番上の席で踊ったのを今でもよく覚えています。
あの時10歳だった私も今年20歳になりました(笑)
潤くんは1stコンサートでの思い出はありますか?ぜひ教えてください。
ということですね。
1stコンサートのねぇ、その当時、ジャニーさんの家で、コンサートの打ち合わせをしたっていうのがすごい印象的ですね、僕は。
嵐5人とジャニさんと振付・・・師が一緒になって、あーでもない、こーでもないってやってた・・・時の画がちょっと思い出・・・されますね。
うん。
そうなんですよ。
この当時、だからデビュー曲『A・RA・SHI』でカップリングの『明日に向かって』と、その、1日前に出る『SUNRIZE日本』と『HORIZON』の、嵐の曲4曲しかなかったんですよね。
で、そんときは、嵐の『A・RA・SHI』をねぇ、パラパラVer.と・・・、出てきて1発目が『A・RA・SHI』歌って、パラパラやって、で、もう最後アンコールでやったぐらいかな?
なんか3回ぐらいしかやってないのか。
フフ(笑)、3回やれば十分だけど(笑)
えぇ。
あとはホントに少年隊メドレーとか、SMAPの曲もその当時すごく聞いてたので、SMAPの曲お借りしたり。
あとはJr.のコロに男闘呼組曲をやらせてもらってたので、その・・・『Midnight Train』という曲を・・・歌ったり・・・ですかねぇ。
僕はそのソロで『SUPER STAR』っていう少年隊の植草さんの曲なんすけど、その曲を・・・歌いましたね。
その当時、だから、ジャニーズの先輩方のコンサートとか、ミュージカルとか、残ってる映像資料、全部見てた記憶がありますね。
プレゾンとか全部見たし。
SMAPの・・・映像とかも全部見てたし。
で、男闘呼組の、それこそ・・・カセットで事務所に資料として残ってる・・・カセットだよ、CDとかじゃなくて。
その当時カセットだったんだろうね。
カセットだったのかプロモーション用でカセットだったのかちょっと定かじゃないですけど。
その・・・なんかカセットに入ってる曲とかも全部聞いてたりしてたし。
それでじゃぁ・・・この曲、この曲とかっていうのはやってましたね。
あの、このさっきクイズでもありましたけど、パラパラもその当時流行ってたんだよね、すごいパラパラが。
それで、なんか・・・会場・・・全体でなんか出来るコトはないだろうかっていう話をしてて。
『A・RA・SHI』をなんか別の形でやれないか、ていう話をしてて。
ん・・・、そしたらなんか、こう・・・、最初多分ユーロビートみたいなことにしたらどう?みたいなことから、じゃ、パラパラにしてフリをつけて、それを会場のみんなに教えてやったらどうだ、みたいな話で。
多分MC中に、その振付を教えて、じゃ、やろうっつって、MC後1曲目がそのパラパラだったと思うんだけど。
MC後っていうか、ま、MC中なのかもしれないけど。
そうですね。
ま、だからそのコロから、なんかお客さんと一緒になるっていうか、一体感のあるライブっていうものは求めてたんでしょうね。
そういう意味では。
という感じです。
ま、ちょっと、1回曲聴いていただきましょうか。
2000年の7月の12日にリリースされたシングル、嵐で『台風ジェネレーション』。
台風ジェネレーション
嵐で『台風ジェネレーション』聞いてもらいました。
これもなぜセリフだったのかって今考えると思いますけど。
ハイ。
**************
ということで、一旦UPします。
今ごと京セラ、コンサートの真っ最中ですねー。
無事に終わりますように。
