小学四年生だったか、五年生だったか、
母の暴力がエスカレートしてきて、本能が限界を感じていたんだと思う。
どうにかしなきゃいけないって思って、
まずは施設を探してそこに逃げようって思った。
でも、大人は助けてくれないことも知っていた。
ベルトで叩かれている間、窓の外に向かって、出せる限りの大きな声で「たすけてー!」ってずっと叫び続けていたのに、誰も来てくれない。
そんなご近所さん達だった。
また、施設を探しているのが母にバレたら、もっともっと酷い暴力を受けることになるんじゃないかと思うと怖かった。
もしくは、施設に行ったとしても、そこの人も意地悪だったりして、外の世界はもっと怖いんじゃないかって。
とにかく、怖いっていう感情でいっぱいだった。
施設の探し方も分からなかったし、学校の先生も信用できなくて、結局は何も行動することができなかった。
行動するなら、失敗するわけにはいかない…。
私は、警察しかないと思った。
大人は証拠がないと言いくるめられるから、体にアザがある時じゃないといけない。
次またベルトで叩かれたら、その時絶対通報するんだって決めていた。
決心してまもなく、その日は来た。
家の2階の、一番端の部屋まで母を引き付けて、全速力で電話の所まで走って受話器を取る。
110に繋がった。
「たすけて」
と言ったところで母が電話の所に来てしまった。
「何してるか!!」
叫びながら電話を切られた。電源と電話線は抜かれ、またベルトのムチが降ってくる。
警察に電話すると、どこからかかってきたかって言うのはすぐ分かって、
通報からは3分以内で来るって何かで聞いていた。
「もう、この生活とはお別れだ」
「どうなるか分からないけど、私はやっと助かるんだ」
「あと3分なら頑張れる」
そう思いながら、耐えていたけど、
気づいたら3分は過ぎていた。
「住所言えなかったから」
「きっと今探しているんだ」
「電話番号は、あの大きな電話帳に載っているから大丈夫」
そう思って、時計を見ながら叩かれ続け、時間がどんどん経っていく。
気づいたらもう、通報から10分以上経っていた。
私は、もう諦めた。
そのあとの事は、覚えていない。
自分の感情も、その日、どうやって終わったのかも。
ただ、警察ですら助けてくれない。
その事実だけが残った。
警察は来てくれなかったけど、その後、暴力は収まったかもしれない。
あの日、通報に失敗した私は、次はもっと早く走ろうって考えてた気がする。
でも、2回電話することは無かった。
また失敗することは怖かったのも事実だし、もしかすると、あれ以来暴力は収まったのかもしれない。
でも、覚えていないのが正直なところ。
今思えば、アザだらけの体で交番に駆け込めばよかった。
でも、自分の足で逃げ出したら、二度とこの家には帰ってこれない気がして、怖くてできなかった。
それに、交番には誰もいないと思っていたから。
小学生の私、すごく頑張ったと思う。
自分の中に、幸せに生きたいっていう本能があったんだろうな。
今日は上手く書けないから、変なところは明日直そうとおもいます。
おやすみなさい。