わが家での暴力は、「ベルトのムチ」だった。

クローゼットのドアが開いて、閉まる音を聞く度、私と兄はビクビクしていた。
 
 
主に、お尻、背中、足、腕。
あとの残りにくい場所。
服の上からは見えない場所。
 
椅子に手をついて、自分でお尻をだして、母が思いっきりベルトを振り下ろすのを3回、逃げずに受けると、「許してあげる」というルールだった。
 
1度も最後まで耐えられたことはない。
いつも逃げ回りながら、ムチを受けていた。
 
 
ある時、内ももに当たって、皮膚がやぶけ、血が出た。
血が出たのは初めてだった。
母はびっくりしたのか、その日はそこで終了。
ベルトをしまった。
 
 
 
私は正直、血が出たことが嬉しかった。
いつも残るのは青アザで、数日経てば消えてしまう。
 
 
体の傷が消えたら、私の心の傷も消えたみたいに、また0から叩き直される。
 
そして、もっと強く、もっと強く。
 
 
でも、血が出たら跡が残るでしょ。
手当しなければ、傷跡はもっと目立つでしょ。
 
そして、それを見る度、母は思い出すでしょ。
 
 
 
そう思ったら、この傷を大切にしようって思った。
2度と消えることが無いように。
この時からもう、始まっていたんだろうな。
 
 
中学生になると、ベルトのムチは無くなった。
代わりに、言葉と行動で虐げられる。
 
もう、何を言っても私の言葉は届かないし、
母が言っていることも理解できないと感じていた私は、
ぼーっと話を聞いて、その場をやり過ごしていた。
 
母は私の頭を掴み、机に叩きつけた。
机の上には白い粉がついていて、始めは何かわからなかったけど、
砕けた私の前歯だった。
 
 
母はそれを見て、その場から立ち去った。
 
 
私はしばらくは医者に行かなかった。
欠けた前歯でしばらく学校に行った。
 
友達になぜ欠けたか聞かれ、母親にやられたと言った。
本当は、先生に気づいてほしかった。
でも、先生は声をかけてくれなかった。
小学生の時、腕から青あざが見えてい時と同じ。
先生には私の傷は見えない。
大人はやはり、誰も私を助けてくれない。
きっと、私の「傷」だけ見えないんだと思った。
 
「傷」以外のことは、すぐに気づいて職員室に呼び出しするのにね。
 
だから大人は嫌いだし、学校の先生なんてのは、一番嫌いな職業だ。
理想語る時は大きな声で、すごく堂々としているけど、実際は何もしないでしょ。