少し前の話。シン・ゴジラ(タバ作戦)のネタバレを含みます。

内容的には極めて個人的なことです。


詳しくは書かないが、多摩川周辺にそろそろ忘れたい思い出の場所があった。

毎朝通るので、毎朝思い出してため息をつきプチ鬱になる。

この先何年も毎日通って、毎朝ため息をつくのだろうか、と思っていた。



そんな中、シン・ゴジラが地上波初放送され、ゴジラが再上陸し多摩川を絶対防衛ラインとする自衛隊の総力戦、タバ作戦が実行された。


「指揮所は浅間神社か!」

「ここ毎日通ってるよ!」


しかし、多摩川は突破されゴジラは都内に侵入する。

そこはゴジラの通り道になった。



通勤の途中で思う、で、指揮所どの辺だっけ?ゴジラの進行ルートは?

あ、そうだ、ここは毎朝ため息をついていた場所なんだ、忘れてた。


思い出を忘れるには、よりインパクトのある出来事があるか、生活に溶け込ませることしかないよなぁ、と思っていた。

けど、毎朝ため息をついていたくらいで生活には溶け込まないし(むしろため息までがルーチンとして生活に溶け込んでいたのでは)、よりインパクトのある出来事も起こりそうにない。これ以上近づくのもためらわれた。


しかし、映画でタバ作戦を見て、頭の端にはあったかもしれないが、積極的には通勤ルート上であることしか思い出さなかったのだ。

具体的な場所は指揮所になったわけでも、ゴジラが踏んだわけでもないけど、タバ作戦が展開されたエリア、ゴジラが進行したエリアということで絶大なインパクトを与えてくれた。


記憶は残るけど思い出はもう手放せるかなって思った。







以下蛇足。

その思い出あらため記憶って、場合によっては墓場まで持っていってもいいようなものだったけど、一生秘密を抱えて生きていけるような物語のヒロインになることを選ばなかったというか

そもそも筋書き自体が虚構であり、絵的に映えるかと現実に生きづらいかを天秤にかけているだけ

筋書きの外から見ると美しくもなんともない茶番だな

虚構を虚構で吹っ飛ばしただけで、美談ですらなかった。では毎朝ため息をついていた私は虚構のヒロインだっただろうか。


ごめん話をすり替えた。