ちょちょい前田OFFICIAL BLOG

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ちょちょい前田の日常をちょちょいと紹介します。

2011年4月、東北大震災の影響で日本全国の混乱が落ち着かない中、芸能界は自粛ムードが広がっていたが、半年前に大手事務所のお笑い部門に所属できなかった僕にはそんなムードは関係無く、フリーとして様々な地下ライブに出てネタをしては仲間と酒を飲んで終わる不毛な毎日を過ごしていた。


ただ、ライブの主宰としては謎の能力が元々あるらしく、お笑いライブを開催するたびにそれなりの集客ができていたので、自分でも芸人よりもそっち向きなのかなぁ…と自覚はあるものの、東京で過ごしていく意味を見出だせずにいた。

 

富山の実家の祖母には、2年前の23歳の歳に上京する旨を伝えたら、「無理せず富山にいれば良いんに。行くのは良いけど26で戻ってきなさい。」と言われた。

別に26歳で戻る気も無いが、地震で不安定な業界の様子を肌で感じたらもう実家に帰ろうかなとも考えた。が、そもそもが愛知にある美大を卒業後就職先も探さず帰省し、ニート同然で毎日ゲームをしていた僕に、その事を責めもせずに祖母が毎日ご飯の用意や洗濯などの身の回りの世話してくれる生活に「これはやばい、ダメ人間になる」とさすがに不安を覚えて、環境を変えようととりあえず流行りのお笑い芸人になるという理由で養成所を受けて無理矢理出てきた身。帰ったところで前みたいな生活に戻るのなら、やはり一人で何か結果を出すべきだとはさすがに自分でも思う。

 

しかし養成所に入ってからは周りの人間に比べて自分の芸人としての才能の無さを感じる日々で、結果卒業の際に事務所に拾ってもらえなかった。当然だ、お笑い芸人は富山の生活から抜け出すための言い訳みたいなものだったんだ、憧れも何も無い。というかたぶん僕はそもそもお笑い芸人や業界自体にあまり興味が無い。興味が無いから芸人として腕も磨かないし結果も出ない、ファンも出きない。もしかしたら芸能界自体に興味が無いなのかもしれない。

 

そんな事を悶々と考えていた矢先、同期の作家の井村から連絡が来た。

「ちょちょいさん、お笑いライブが出来そうなスタジオを見つけたので新しいライブやりませんか?」




著:ちょちょい前田

エムの喜劇

1.エミュかエムか

 


 

 

「一応、まだお笑いには関わるんだね、前田くん。」

「はい、今富山に戻っても結局何も無いんでね、新しいライブで主宰をやって自分に何ができるか探してみます。」

下北沢駅前にあるお笑いライブが出来そうなEmu(エミュ)スタジオを拝見した僕は、井村と別れた後、三軒茶屋のとある一軒家に来ていた。

西園さんは高校時代にちょっとした縁でお世話になったプロのプロダクトデザイナーで、グラフィックデザインを勉強していた僕にデザインの基礎的な考え方を教えてくれた師匠みたいな人だ。まぁ、僕が勝手にそう思っているだけだけだが。40半ばで髭をモジャモジャ生やし豪快な見た目をしているが、作るものは繊細で美しく、大手広告代理店とも取引をしておりCMに使われる小道具なんかも担当している。

大学を卒業した後も、上京した時も、そして今も、たまに会って現状報告をしている。デザイナーとしての在り方や人生の目標も何も見つけらない僕のしょうもない愚痴話を、いつも笑って聞いてくれる。

この日は、進めていたプロジェクトがひと段落したタイミングらしく、娘さんが学校から帰ってくるまでならと、2時間ほど時間を設けてくれた。

 

「まぁなんでも挑戦してみると良いよ、若い間は体感してその場で生み出すエネルギーがとんでもない結果を出すことがあるからね。それに芸人ではなくライブ主宰だったら前に言っていた将来作りたいクリエイターチームのキッカケにもなるかもしれないし。」そう言いながら僕の空いたカップを手に取り新しいコーヒーを淹れてくれている。西園さんはいつも優しい。本来はこんなフラフラしている僕なんかが接して良いようなレベルの人では無いのに。

 

「それで、ライブ名なんかは決めているのかい?」

「そうですね、とりあえずは試しに2つのライブを開催してみようと思います。名前はポッピングシェイクと、エミュソンズ…いや、言いやすくエムソンズですかね。」

 

 

つづく