「かんぱ〜い!」
右手に持ったグラスを掲げて満面の笑顔で愛嬌を振りまく…今日の飲みのお相手は医学生の男の子。
ちょっと年下だけど将来有望だし、何より結婚すれば自分より若い分年を取っても働く期間は長い。
バイトの新人の智子ちゃんが予定が入って来れなくなったと聞いて、ちょっと強引に代わりに今回の合コンに参加した。
26歳で最年長だし知り合いも誰もいないし全然学生じゃない…ていうかそもそも高卒なんだけど、まぁでも行けるっしょ!
「ごくん…」
喉を潤す一口目のビールは、真夏の炎天下を過ごして汗だくになった身体に気持ちよく染み込む。気を許せるいつものメンバーの前だったらそのまま一杯を飲み干してしまうんだけどダメダメ!お酒が強いなんてこのタイミングでバレるわけにはいかないからね。
「梨華さんはよくこういう合コン来るんですか?」
「合コンなんてなかなか行かないよ〜!どちらかというと私飲み会苦手なの!それと梨華さんじゃなくて梨華ちゃんでいいよ、敬語もやめて〜!もう!」
本当は今週4回目の合コンだなんてもちろん秘密!このままのテンションで可愛い医学生の子たちの番号をゲットしなきゃ!
…ていうやり取りをずっと続けているんだけど、昔と違って最近は盛り上がっていく場の空気に対してなんだか置いてけぼりな気分になる時がある。なんていうか、ふと我に返るっていうのかなぁ。
途中、私は一人でトイレに入った。
「はぁ…なんかなぁ」
そんな言葉を漏らしながら鏡の前で化粧を直した私は、若者たちの勢いに追いつくために気合を入れ直して扉を出た。すると男子トイレに向かう男性と肩がぶつかってほんの少しだけよろけてしまった。
すみませんとあっちから謝って来たから私も申し訳なさそうにしながら顔を上げた。
男性はすらっとした細身で背が高く、こんな暑いのにスーツのジャケットを羽織り中にベストを着ていて、ハットまで被っているにも関わらずなんだか涼しげな雰囲気を醸し出している。柔らかい物腰の動作で、顔は細い目をしているのに少し濃い目でどちらかというと印象に残りやすい。年は…30くらいかな?
普段だったらなんて素敵な紳士…と思うはずがその奇妙な存在感のせいで、私はなんとなく距離を取ってすぐその場を離れようとした。
「あ、ちょっとお嬢さん。」
男性が呼び止めてきたのでとりあえず足を止めて振り返ってみた。
ナンパかなぁ?ちょっと怪しげな雰囲気の人だけど、でもお金持ってそうだな…と私は少しだけ期待した。『お嬢さん』っていう言葉も嬉しいし。
しかし男性は私の期待を裏切るかのようにその返してきた。
「あなた、最近何をやってもつまならいでしょ?今日も素敵な男性に巡り会えると思って来た飲み会だったのにどこか乗り切れない…。でもそれは今に始まったことじゃない、ずっと、ずっとそうですよね。」
…
…
…
「はぁ?」
著:ちょちょい前田
『チューリップ』
1.アンジェリケ
「梨華ー!いい加減起きなさいー!」
母の声が階段の下から聞こえてくるのでなんとなく眠りから覚めたけど、二日酔いの頭痛のせいでその声が頭に響いて私はイライラした。
「うるさいなぁ…別にいいじゃん休みなんだし。それにしてもなんだよ、なんだかんだみんな若い女を選ぶのかよ。」
あの後、謎の気持ち悪い紳士を無視して飲みの場に戻ったは良いけど、結局私は2次会には呼ばれずに余り物になったから、親友のめぐみを誘って終電まで浴びるほどビールを飲んだ。
「起きなさいってば!」
そう言って母は扉を開けて部屋の中に入ってきた。
「ちょっと!勝手に部屋に入ってこないでって言ってるじゃん!今日バイトもないんだし寝ててもいいでしょ!子供扱いしないで!」
「子供よ!26にもなって実家に住み着いて、飲み歩いて毎晩酔っ払いながら帰ってきてはさぁ、休日はほとんど寝て終わって、料理も洗濯もちっとも手伝わない人のどこが大人なの!さぁ起きなさい!」
だるい身体でしぶしぶ階段を降りダイニングに入ったら父が座っていて私は驚いた。
「よぉ梨華、ずいぶん遅いお目覚めだな。」
「ちょっと待って!なんでお父さんが帰ってきてんのよ!…え?今日ってえ?そういう日だっけ?」
父の姿に反応して慌てふためく私に母は少し冷たく返してきた。
「何よ、前々からパパが帰ってくる日は伝えてあるはずよ?あなたが覚えていなかっただけでしょ。」
「しまったぁ。」
父は単身赴任で仕事をしていて、週に一度だけ家に帰ってくるのだが、私は説教くさい父が苦手なので帰宅日は事前にチェックし必ずバイトや他の予定を入れて避けていた。しかしその生活も半年も過ごしたせいか気を抜いてしまったのだった。
「なんだ、俺が家にいたら困るのか?」
「あ…いや、そんなこと…」
「とにかく座って飯を食え。」
テーブルを挟んで父と向かい合って食べるご飯の気まずいこと気まずいこと。
「どうだバイトは?」
「うん…まぁ順調かな。」
「彼氏はできたのか?」
「いやぁ…まぁ…うん、それなりに…」
「どうせ毎晩合コン三昧なんだろ?でも特定の男が捕まらないってところか、変わらないな。」
…ぐうの音も出ない。
「なんでそんなこと分かるのさ?」
「娘だからな、顔を見てれば分かる。…で、いつこの家を出ていくんだ?」
「…」
父は私に早くこの家を出ていけと毎回言ってくる。彼氏を作って同棲でもするか、一人暮らしをするかして自分で生活することを覚えろと…実家に居座って年だけ取っていくのはさすがに嫁の貰い手がいなくなるからだっていうんだけど、私は炊事洗濯のような家事なんて面倒なことやりたくない。だから父を避けて好きにしていたのに。
「達雄のお嫁さんはよくできた人だって聞くぞ。毎日家事をやってあいつが仕事から帰ってくる時間には晩御飯と風呂の用意をしながら待っているってな。」
「達雄は関係ないでしょ。」
「弟のお嫁さんの話を聞くのが苦痛か?それはお前が未熟者だからだ。」
あー、本当こういうところなんだよねこの人の嫌いなところ。
「お前今、俺のこと嫌いって思ってるだろ?」
「…」
「お前なぁ、正直自分のことどう思うよ?家事もできない、やろうともしない。20代後半になったそんな女がどれだけ顔や服装を小綺麗にしたところでしっかりした彼氏なんてできやしないだろ。」
「うるせーなぁ。」
二日酔いの頭痛に父のこういう嫌味ったらしい言葉が上乗せされ私は余計にイラついてきて、朝ごはんに手をつける気にもなれなかった。
「あ?」
「うるせーって言ってんだよクソ親父!」
私は半ギレ気味だった…が…
「ほ〜らな、こういうところだよこういうところ。昔から変わんないなお前は。」
ぐぬぬ…
ガタン!
「もういい!」
私は立ち上がった。立ち上がった勢いで椅子が倒れた。
「お?どうした?」
「出てってやる!こんな家すぐに出てってやる!」
「やっとその気になったか?いつだ?いつ出て行くんだ!?」
父はほくそ笑んでいやがる。
「今すぐ出てやる!もうこんな家二度と帰ってこない!」
「なんなんのよもう!」
私は急いで服を着替え、とりあえず軽い化粧だけして外に出て怒りながら早足で外を歩いた。でも突然出かけたはいいけどなんの予定も無かったから行きつけのカフェに入った。めぐみに会いたくて電話をかけたけどよくよく考えたらあの子は仕事で出れるはずもないからメールだけして、他の友達にも連絡しようとしたけどほとんどが結婚をしていてなんとなく誘いづらい。とにかくイライラがおさまらないままケータイのアプリゲームで2〜3時間は誤魔化した。
集中力が途切れてしまいじっとしてられなくなった私が、誰かにこの愚痴を聞いてほしくてカフェを出た先に着いた場所はバイト先だった。今日のシフトは同い年の店長と若い後輩の2人、女しかいないアパレルのバイトだし、みんななら親身になってくれるだろう…そう思っていて近づこうとしたら三人の話し声が聞こえてきた。
「なんかさぁ、昨日合コンの予定だったんだけど行けなくなったって言ったら佐々木さんが私が行く!って言いだしてさ、大学生しかいないし知り合いもいないから絶対浮きますよって言ったのにそれでもうるさかったから変わってもらったんだよね。」
レジで自分の話をしていると気づいて、私は物陰に店の脇にある柱の裏にすぐさま隠れた。
「あぁついに智子ちゃんもやられたの?私も同じ目にあったー、店長なんて毎日言われてましたよね。」
「うん、毎日知り合いの男紹介してって言われてたよ。始めは紹介したけど実らなかったらまた紹介しろ、また紹介しろって言ってきていい加減嫌になったから無視し始めたら言わなくなったけど…」
「なんか必死すぎますよね。」
「本当そうなんです!昨日合コンに参加したメンバーも、一人だけ年上の人がいる上に誰も知らないし、男の子もなんでここにいるんだろぅ…ってなってたって。その上気を使って話しかけたらぶりっ子の声でカマトトぶって『合コンなんてなかなか行かないよ〜』なんて言ってて絶対ウソだって言ってたし。ノリにもついてこれたなかったから一次会で帰ってもらって言ってた。」
「やっぱそうなるよねー!」
「きゃはははははははっ!」
ガシャンッ!
怒りが頂点に登った私は商品の服がかかっているラックを思いっきり倒した。するとみんなは驚いてこっちを見て固まりだした。私は無言でレジに詰め寄って気まずそうにしている三人に向かって言った。
「本日限りでこのバイトやめます。今までどうもありがとうございました。」
今夜は彼氏とデートで会えないという内容のめぐみからの返信を眺めながら夜7時頃に結局私は家に戻った。すると玄関の前に見覚えのあるキャリーバッグが置かれていた…私のだった。中身を確認したら手紙と共に簡単な旅行ができるだけの私物が一式入っていた。
『最低限の荷物まとめておきました、しばらくはこれで過ごせると思います。もし他に必要なものがあった場合は次に住んだ場所に送りますのでその時に新住所と一緒に教えてください。ちなみに父さんは近々単身赴任が終わってこの家に毎日いるようになります。あなたが一人の人間としてしっかり成長することを願っています。父・母』
家の窓からは光が確認できる。父と母は娘にこんな仕打ちをしておきながら平気でいつもと同じ生活を送っているのか…今すぐに何か言ってやりたけどクソ親父が相手となると…おのれ。
ゴロゴロゴロゴロとキャリーバッグを片手で引きながらもう片方の手でケータイを持ち、私は日頃のコンパで知り合った男の連絡先に片っ端から連絡をしようとした。電話に出なかったらメールをして…電話に出ても断られて…こういう時に限って誰も捕まらない。
「ふざけんなよ。」
私は一人で安い居酒屋で呑んだくれた。どれだけ酒を注文したかも覚えていないほどに酔った。ベロンベロンになりながら時計を見たら朝4時半を回り、店員がオーダーストップをかけてきたことに逆ギレし叫んだ。
「人生最悪の日なんだ!私の…この佐々木梨華様の言うことを聞け!うぎゃーーーーーーーーーっ!!!」
気がつくと私は近くの公園のベンチで汗をダラダラ流しながら屍になった状態だった。真夏の直射日光はジリジリと眩しく目がちゃんと開かない。喉も渇いている。
「み…水。」
そう呟いたら頬に何か冷たいものが当たった。
「きゃっ!冷たっ!」
私は飛び上がって身体を起こした。
「なんなのよ、もう…」
「何ってお水ですよ?欲しがってたじゃないですか。」
どうやらさっきの冷たい感覚は誰かが意図的に私の頬に水の入ったペットボトルを当てたものだということを認識した。そしてそのペットボトルを持った人物を見た私の目はギョッとした。
「あんた…なんでここにいるの?」
「偶然あなたを見つけたのですよ、お嬢さん。」
そう言って男はハットを手に取った。
そう、目の前にいたのはあの暑苦しいスーツ姿の薄気味悪い紳士だった。
「そうですかぁ…それはなかなかに嫌な想いをされましたなぁ。」
紳士に対する警戒心はあったけど、とにかく昨日の愚痴を誰かに言いたかった私は全てを吐き出した。
「そうなんだよ!本当になんでこんな目に私が会わなきゃいけないの!」
そう言いながら私の声は弱弱しくなり、そこで自分でもなんだかんだ落ち込んでいることを自覚した。それは紳士にも伝わったらしい。
「お嬢さん、ちょっとした手品を見てもらえませんか?」
「手品?」
紳士は自分の鞄からおもむろに何かを取り出した。それは一輪の真っ赤なチューリップだった。
「いかがかな?」
「は?」
「チューリップです、本物ですよ。」
私は紳士の涼しげな顔が気に触った。
「これのどこが手品なの?もしかしてチューリップが咲くのは春だからこの真夏日にあるのが手品だって言いたいの?」
私がそう言うと紳士は意外そうな顔をした。
「あら、よくご存知で。もしかしてチューリップ好きなんですか?」
「チューリップは嫌い、てかそれ一般常識だっつーの。」
呆れる私に紳士は淡々と続けた。
「えぇ、一般常識です。でもなんでこの真夏に咲いているか気になりませんか?」
「どーでもいいし…てか早くしまって。嫌いって言ってるでしょ。」
「なぜ?」
「言いたくない、嫌いなもんは嫌いなの。」
紳士は渋々チューリップを鞄に戻した。…そう、私はこの花が嫌い、とーっても嫌い。
「これからどちらへ行かれるのですか?」
紳士は話を切り替えてきた。そのひょうひょうとした顔がまた気に触ることこの上ない。
「さぁね、なにも考えていないけど旅に出ようと思ってる。」
「旅?」
本当になにも考えていなかった。考えていなかったけど何か答えなきゃいけないと思ったから『旅』という言葉を使った。
「いわゆる自分探しの旅みないなものですか?」
「そうそう、そういうの。」
「言っておきますけど、自分探しの旅なんてやってもなにも変わりませんよ。だって今ここにいるあなたが自分なんですから。」
…こいつ。
「それでも旅をすることに意味があると思うの!」
そういうと紳士はなんともとれない表情をして少し間を空けた。
「『意味』ですか…まぁいいでしょう。環境も変わりますし、もしかしたらその旅の先にあなたが感じている物足りなさがあるかもしれませんからね。」
「じゃぁ行くね」
私は紳士を後に、キャリーバッグを持って近くの駅へ向かった。
奇妙な紳士は梨華が歩いていく姿を見ながら不敵に笑う。
「お嬢さん。先ほどのチューリップ、あなた自身に手品を仕掛けたのです。あの瞬間に私は文字通りタネを蒔きました。そのタネが旅の途中途中であなたにイベントを仕掛けるでしょう、その時あなたはどんな答えを出してくれるのでしょうか?ふふふふ。」
次回へ続く
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