自死遺族のブログ~お父さんありがとう~

自死遺族のブログ~お父さんありがとう~

2012年12月大好きな父を自死で亡くした娘の日記です
共感できる部分があれば嬉しいです
2017年第一子出産
2019年第ニ子出産
2022年1月第三子死産、12月第四子出産
2024年第五子出産
2026年第六子死産
保育士資格取得しました

泣きながら、携帯を見ながら、お腹をさすりながら

それでも時間は過ぎていきました

少しウトウトしたり、寝返りをうったりして

やはりほとんど眠れないまま朝が近づいてきました



朝6時から膣錠の促進剤が入ります

そうすると、もうポータブルトイレだそうです

だから、とりあえず直前にトイレと思い

5時45分くらいにトイレに行き

手を洗いながら目の前の鏡にうつる自分を見ました

つわりで洗顔もシャワーもできなくて、パックも好きだけどてきなくなって、ボロボロになった肌やパサパサの髪

一気に老け込んだように感じました

白髪も少ない方だけど、でも増えたかなぁ

分け目を確認したり



あぁ、始まる

またウォーターサーバーの水を取り部屋へと戻りました


6時

助産師さんが部屋に来ました

産まれてから点滴をするので、ルート取りますとのこと

私は血管が細くて見えづらいようでなかなか採血できないタイプ

助産師さんが右腕見て左腕見てまた右腕見て

本当は右利きの人は左に刺したいけど、ここしか刺せなそうだからと右に刺されました

一発で取ってくれました


気を遣ってくれたのか

「4人とも自然分娩で産んだんですか?」

とか

「促進剤使ったことある?」

とか聞いてきて、それに答えて

少しだけ気が紛れました


促進剤も人によって効き目が様々だそうで

1錠目ですぐ効いて産まれる人もいれば

1日できるのが5錠までだから、翌日に持ち越す人もいるとのこと

私が4人目が促進剤効かなくてMAX量4回もやったんですって話をすると

点滴の促進剤より膣錠の促進剤の方がダイレクトに効くと思うよとのこと


だといいんですけど、、、

などと話しながら、一緒に診察室へと向かいました







昨日夜K先生だったから、夜勤てことだよね

朝もK先生かなと期待しているとやはりK先生

K先生、毎日外来もやって夜勤もやって、手術とかもあるだろうに、いつ寝てんだろ



まずラミナリアを抜きます

カチッカチッという音がします、やはり何されてるのかよくわからない

でもラミナリアを抜いたようです

抜く方が激痛だったという方もいたのですが、私は4人臨月でのお産経験があるからなのかどうかわからないけど

大丈夫でした




「はい、ではお薬入れていきますね」






K先生が手でグッと薬を入れてきました

多少の圧迫感はありましたが無事に終え

部屋へと戻りました



しばらくすると助産師さんがポータブルトイレを持ってきて


「終わるごとにナースコールしてくださいね」

と言われました





中のバケツが取り外せるようになっており

洗えるような仕様



やだなぁ、排泄物の処理してもらうなんて、、、

なんか尊厳も何もない感じ、、、

そんなこと言ってらんないし、助産師さんも慣れてるだろうから気にしてらんないけど、、、

促進剤がすぐ効いてすぐ産まれてくれれば、ポータブルトイレ使わなくて済むかなあ

なんて考えてました




お腹は少し痛む程度

やはり生理痛に似たような感じ




7時半になると朝ごはんが運ばれてきました

まだ残るつわりでお米よりパンが食べやすいためパンを期待してましたがお米でした


まぁ仕方ない




食べたらトイレしたくなるしイヤだなと思いつつ、ごはんを食べました




しかしこのあとポータブルトイレがイヤだなんて言ってられない事態となってしまいました



部屋に戻るともう消灯の時間



助産師さんが部屋の電気を消しに来ました


まだまだ寝る気持ちでもない、というか寝れないだろうなと、ベッドサイドの明かりをつけてもらいました





K先生に2回目のラミナリア処置をしてもらってからは、かなり軽い鈍痛くらいで、よかったです

1回目の後の鈍痛だったら余計眠れないだろうなと思っていました

 


ラミナリア処置が終わったことにも安堵していました

あとは抜くだけ




横になりつつ、明日から行う促進剤のことや、死産した方のブログなど、検索しては読み続けました




朝6時から、ラミナリアを抜き、膣剤の促進剤を入れるとのこと

3時間経ったら2錠目、さらに3時間経ったら3錠目と増やしていくそう




こわいなぁ





恐怖でした


4人臨月で出産してるのにこの恐怖



初めての妊娠の人だったらどれだけ怖いだろう

辛いだろう


本当、何のために痛みに耐えて頑張るのか、わかんないよね、、、



また涙が溢れてくる


そっとお腹に手を当てました



亡くなってると言われてから

入院のことや上の子どもたちのこと

今後のことを急ピッチで考えてはいたけれど

お腹の赤ちゃんのことは、あまり考えられていなかったことに気が付きました





この子が妊娠したとわかったこと

ちょうど仲の良い職場の先輩と同期でアフタヌーンティーに行く前にわかって

心許せる2人に報告したな

2人とも、5人目考えてるって時から相談してて

妊娠伝えた時も、拍手して一緒に喜んでくれて嬉しかったな



K先生、まるで私が1人目を授かったかのように喜んでくれたな

懲りずに妊活するんで指導してくださいってお願いしに来て呆れてなかったかな

心拍確認できると毎回いつも

「心拍確認できれば9割は大丈夫だから」って言ってくるK先生

私はその1割に2回も入ってしまったよ


何の罰ですか





つわりも苦しかったな

今回飲めたのは

午後の紅茶ミルクティー

午後の紅茶レモンティー

これしか飲めなかったから飲んじゃってたけど

もっとカフェイン気を付けてればよかったかな





食べられたものは日によって違ったけど

カップ焼きそば

すき家のチーズ牛丼

カルボナーラ

ベビーチーズ

納豆



毎回食べられるもの飲めるもの違うから

本当つわりは不思議



1回目のだんちゃんの死産の時は

ソルティライチとメロンパンで生きてたな









ここまで成長してくれた

産まれてくるのが楽しみだった

うちの子達の中では初めての早生まれの子

どんな子かな

末っ子とギリギリ2学年差

2学年差がよかったから嬉しかった

あたたかな赤ちゃん抱っこするのを夢見てた

少し成長してムチムチな足や

柔らかな頬や

あやすと笑うようになる可愛い可愛い顔

抱っこ紐から見える寝顔





ありがとう、赤ちゃん

ごめんね、赤ちゃん





お腹を抱えて布団にくるまって

赤ちゃんのことだけを思って考えた

最後の夜



1回目のラミナリアを入れてから、生理痛のような痛みが下腹部にあり、ベッドで横になっていました。

ガーゼも入れられているらしいです。

子宮口の中は一体どんな仕組みになってるんだろうなぁ、本当女の人は大変だよな、、、

生理痛も、つわりも、出産も、授乳も

ぜーんぶ女

男はいいよなぁ

なんて考えてました


トイレは普通に行けるので、トイレに行ったり、ウォーターサーバーの水を取りに行ったり。

まだ残るつわり。

冷たい飲み物しか受け付けなかったので、ウォーターサーバーの水は冷たくありがたかったです。

つわりのピーク時は水も受け付けなかったので、水が飲めるようになった、ツワリもあるものの、和らいでいってるのを感じ、悲しくなりました。

あんなに辛かったつわり。

早く終わってって思ってたのに

またつわり始まっていいから、心臓動き出してよ赤ちゃん

そんなことを思い涙も出てきました。





18時、夕飯が運ばれてきました。








総合病院なんで豪華ではないけれど

長男を出産した病院が減塩に力を入れて質素すぎてお腹空いてた日々だったので

こちらの病院の食事は普通に感じました

お米の量もしっかりあるし

ツワリでろくな物食べられてなかったし料理もできなかったし

栄養バランスはめちゃくちゃだったろうから

久しぶりのまともなごはん

ありがたく感じました


帰ったら料理また作らなくちゃ

普通の生活戻らなくちゃ

でも私って今までどんなごはん作ってたんだっけ

どうやって普通の生活送ってたんだっけ

なんだか思い出せない

やっていけるのかな

不安になりました




食事は全部食べることができました




寝る前にラミナリア処置2回目がある

痛くて動けなくなるかもしれないからと思い早目に歯磨きを済ませました




21時半頃

時刻通りまた助産師さんに呼ばれ、処置室へ

行く途中、赤ちゃんの泣き声が響きました

新生児室のカーテンは閉まっていました

ホッとしたような、ちょっと赤ちゃん達見たかったような、変な気持ち






処置室に入り、カーテンの中下着を脱いだり準備していると先生がやってきました

その背中を見てK先生だとすぐ気が付きました

思わず話しかけたくなりましたが、堪え

でもずっと診てもらってるK先生だとわかり安堵感も芽生えました

内診台が上がります



「ではやっていくね、ちょっと頑張ってね」



「はい」




また何やらカチャカチャと器具の音がします

洋服をグッと握りしめました

何かはしているのだけど、ラミナリアを抜いているのか?入れているのか?

正直何が行われているのかは感覚だけではまったくわからず

カーテンで見えないし覗き込むものでもないし


ところどころチクリとするような痛みはありましたが

一瞬だけなのでなんとか大丈夫

深呼吸をしながらただ時間が過ぎるのを待ちました





さっき長かったしまた時間かかるのかなあ

経産婦だしおそらく今までの出産的に子宮口は柔らかい方だと思ってたけど違うのかな

と考えていると


「はい、終わり、お疲れ様」

と言われ



えっ、早い!

とびっくり


5分程だったでしょうか




さすがK先生、ゴッドハンド

なんて思い、短かったので嬉しかったです


どうやら先程の4本を抜いて

5本入れ直したよう

抜く時に少し手こずったそうですが、それにしても先程よりめちゃ早い


下着をはいて処置室から出ようとしていると、目の前をK先生が横切ります

そしてこちらを見て


「明日朝からだけど、頑張ろうね」

と私に言ってくれ


「はい...」

と答えるのに精一杯の私



K先生が去っていく背中をただ見つめ



そして涙が溢れてくるのを感じ


誰にも見られぬよう下を見つめながら急ぎ足で自分の病室へ

もう夜、外は真っ暗



部屋に帰るとずっと冷静でいようと

落ち着いていようとしていた自分が崩れていくように

涙がとめどなく溢れてきました


初産の人

臨月で赤ちゃんを亡くした人


それらの人の苦しみに比べたら

私なんて悲しんでてはいけない

悲しむ資格はない

4人も子供がいる

ただの贅沢




そう思っていて自制していた緊張の糸が

プツンと切れた瞬間でした


1回目のラミナリアの後にあった鈍痛は


2回目の処置のあとは不思議なことにあまり感じませんでした

助産師さんに連れられて入院する部屋へやってきました



病院の配慮で、2人部屋でしたが個室として利用することに





前回の死産の時入院した部屋の隣の部屋でした





またこんなことになるとは、、、







こちらの市営の総合病院の産婦人科病棟は


一応妊娠中や産後の方の入院している部屋がある所と廊下を少し挟んで、おそらく死産や流産、中絶の方の部屋が分かれています

しかしほんの少しの距離、部屋には赤ちゃんの泣き声が聞こえてきます

トイレも共有、診察室も妊娠中や産後の人達の病室の奥なので、当然妊婦さんや赤ちゃんとすれ違ったり、新生児室や分娩室の横を通り過ぎて行かなければなりません




死産では2回目の入院だったので、色々わかっている自分が悲しかったです








レンタルしていたマタニティ服をもらい着替え、

病室でボーッとしていると



助産師さんに呼ばれ、診察室に行くことに



ラミナリア処置1回目です


事前に調べてましたが、このラミナリア処置が激痛だったという方が多数いるので

怯えていました

しかし一度目の死産の際もラミナリア処置をしましたが、私はそこまで激しい痛みではなかったので、経産婦パワーで耐えるんだ、頑張れ自分

そう励ましながら内診台へと向かいました






処置してくれるのは40代くらい?の男性医師

私が11週の時絨毛膜下血腫で大量出血し深夜に緊急受診した際、診てくれた先生でした

とても優しい話し方をされる先生ですので、少し安堵しました



内診台が上がり


まず最初は赤ちゃんの様子を最終確認

実は生きてました、心臓動いてました

なんてことはないかな

と一瞬思いましたが

あのK先生が間違えるわけないか

すぐ現実に引き戻されました




「やっぱり動いてないね」

とその先生は言いました

だよねと悲しくなりましたが

でも最後に赤ちゃんを見れて嬉しかったです

確認してくれて先生ありがとうございますと思いました



そしてラミナリア処置が開始されました


「ごめんなさい」

「ごめんね」

と先生は何度も謝りながらやっていました




カーテン越しだし自分から見れないし、一体何をされているのかわからず、なるべく深呼吸をし自分が着ていた服を掴みながらいましたが

そこまで我慢できない痛みではなく、ひとまず大丈夫でした

カチャカチャする音やパシンという音が繰り返され、しかもその時間がとても長く(15分はやっていたと思います)

まだなのかな、長いな

と思い始め、段々開脚の体勢も辛くなってきました

日頃からストレッチでもやっておけばよかった

と後悔しました



やっと終わったのかな?と思ったら

何やら別の先生を呼んでいる様子



程なく現れたのは体格のよい坊主頭の男の先生

こちらの先生もよく外来にいるし診てもらったこともあるので知っていました

一度退職されていたのですが、戻ってきたようで

こちらの先生も優しい話し方をする感じ


「今2本入れたんだけど、その後がなかなか入らない」

「4本入れたい」

そんな会話を先生同士でしていて

だから時間かかってたのか、、、

てかまださらにかかるのか、、、

と落ち込みました



「すみません、代わりますね」

と先生に声をかけられ、またラミナリア処置が再開されました

たまにチクッとするような刺すような痛みを感じ、洋服を握る手に力が入りましたが、まぁ何とか大丈夫

そこからも10分くらいはかかったでしょうか

長すぎてもはや開脚の姿勢の方が辛く感じてきました




やっと

「終わりましたよ」

とのことで開脚から開放



ラミナリアはまずは4本とのことで、ネットで見た経験談の中には15本とか20本とか入れてるという人も見たので、そんなの激痛に決まってるよな、ましてや初産の方なんてどれほどの痛みと辛さだろう、、、



そう思いながら部屋へと戻りました

下腹部は鈍痛がズキズキと開始していました





夜寝る前の9時半くらいに2回目のラミナリア処置をするとのこと

抜くのもまた入れるのもこわいなぁ

そう思いながら、夜を待ちました



死産宣告から3日後、最低限の入院グッズと、愛用のニトリの抱き枕を持ち、重い足取りで病院へ向かいました




この日は夫は仕事




病院は歩いて行けなくはないですが(徒歩だと20分くらい)、真夏ですし荷物もあるので、母に車で送ってもらいました


子供達のことをお願いするので、よろしくお願いします

とだけ伝え1人で病院の総合受付へ








「今日から入院する◯◯です、産婦人科です」



と入院受付の所で伝え、一度席に座り待つことに。






そんなに待たず一度呼ばれ、会計窓口の所で、出産手当一時金の用紙を書いてくださいとのことで記入



健康保険組合から出る一時金です




あーこの紙前回も書いたなーなんて思いつつ記入


再度お待ちくださいと席に座っていました





総合病院の午後の時間帯なので午前中程人はいないものの

チラホラと座っている人が





ふと目に入る小さな小さな赤ちゃん

新生児とも思える小ささ


産まれて退院の手続き?

それとも1ヶ月検診?


本当に小さくて可愛い


抱っこしてるのは、、、

ママ?かそれとも若いおばあちゃん?

どちらかはわかりませんが、おばあちゃんなら近くにママいるよね?

と勝手にキョロキョロしてみましたが姿は見えず


やっぱりあの抱っこしてる方がママなのかな?

高齢出産とかなのかな?

とか勝手に推測してごめんなさい



でもその赤ちゃんから目が離せなかった




なんて可愛くて尊いんだろう

無事に産まれてきてよかったね

元気にこれからも成長していってね




そう思い、私はここで何でこんなことしてんだろうってまた落ち込んでしばらく待っていると



病棟から降りてきた助産師さん



「◯◯さんですか?」


「はい、そうです」




「お待たせしました、2階に行きましょう、荷物持ちますよ。」



私のやたら大きい抱き枕を持ってもらいました


これがないとツワリ中辛くて横になれず

家の物があれば少しは安心するかなとも思い持ってきてました





前回の死産で入院した時と同じ部屋かな、、、




そんなこと思いながら、助産師さんのあとにつきエレベーターに乗りました

入院中のことを綴りたいのですが


その前に私が何故子供をもう1人望んだか





その思いだけ記します






4人目を妊娠中(正確には5人目だけれど)の時は、心からこれで最後と思っていました



何故なら、妊娠後期がキツイ、キツすぎました



つわりもスッキリはしないものの、落ち着いてくると今度は妊娠後期のマイナートラブルはお決まりですが


4人目だからか、年齢も重ねているからか



まず重くなった子宮が骨盤にのしかかってくる

その圧迫感がすごくて

何なんでしょうねこれは

2人目まではあまり感じなかったのですが

3人目の時は少し感じ

4人目ではさらに感じ

ちょっとくしゃみとかしたら破水しちゃうんじゃないのかと心配なほどでした

(実際4人目は予定日超過、促進剤MAX量を4回やっても本陣痛にも破水にも繋がらず、最終的に人工破膜をしたら40分で出産でしたので、破水の心配なんて皆無だったのですが)




あとは立ち上がった時の足の付け根?のツーーンとする激痛があり

ひどい日は丸一日歩くこともできない日も



勿論胃の圧迫からの嘔吐

とにかく苦しい

夜眠れない

前駆陣痛の痛みが激しい


そして、産休入ったのが9月前半でしたが、お腹が大きくて大変な時に毎日3箇所の送迎がありました

長男が夏休みになり学童、次男と娘は別の保育園でしたので、車でブイーンと朝と夕方と3箇所を回る毎日

朝から長男と夫のお弁当を用意しずっと立ちっぱなし、帰ってきてからもそう

猛暑で暑く、ヒーヒーと言ってました





最後と思っていたのに

私は5人兄弟だという人に2人出会ってしまうのでした




1人目は、職場の女性の上司

役職付きの還暦くらいの方で、仕事もテキパキすごいし、すごく明るくてお喋り好き

ただその反面、噂話好き、第三者に人のプライベート情報話したり盛って話したり、、、などもあり、要注意だよと別の上司に言われたり、、、

でもまぁよく話しかけてきたりしたし仕事でも関わるので、つかず離れずの距離でしたが

その上司は5人兄弟の1番上で、下に弟が4人いると!

弟達とは仲が良く、グループラインでやり取りしたり、家に行き合ったりする仲だと

単純に、大人になっても5人で仲良しなんて、素敵だなと思いました







2人目は、出産の時に担当してくれた若い助産師さん(おそらく25〜26歳)

末っ子の出産は前述したようにまさかの4日かかりまして

予定日超過で入院

初日→バルーン

2日目→促進剤MAX量1回

3日目→促進剤MAX量2回

4日目→促進剤MAX量1回、人工破膜後本陣痛開始、40分後誕生


という感じでしたが(なのに母子手帳に書かれた分娩所要時間は0時間40分)

その間日中ずっと担当してくれていたのが助産師Sさん

だから沢山お喋りしました


ご自身が5人兄弟の1番上だということ

1番下の弟がまだ小6で、オムツも替えたし授業参観も行ったこと

下の子達のお世話をしていたことで助産師を目指すようになったこと

お母様は27〜40歳の間に5人産み、5人とも予定日超過して促進剤したこと


私が促進剤効かなくてなかなか産まれなくて焦りから一度泣いてしまったのですが

その時優しく背中さすってもらいました

10歳くらい年下なのに頼もしくてしっかりしてて


人工破膜してやっと本陣痛、子宮口全開!ってなった時に

「やっと会えますね!」

って力強く言ってくれて取り上げてくれた時のこと


とってもかっこよかった助産師Sさん


私が退院する時も、母乳外来時も、1ヶ月検診の時も、会いに来てくれてずっと隣で話してくれました






まだ入院中の時から

産後すぐに

私は5人目のことを考えてしまったのです

頭おかしいのか自分

もうこれでおしまいって思ってたでしょ

妊娠中ずっと辛かったでしょ

出産も時間かかりすぎたでしょ

まだ産んだばかりでしょ



見送りに来てくれた助産師Sさんに

「もし万が一5人目ができて来たら、Sさんのこと呼んでもいいですか?」

 と聞くと

「はい、勿論!」

と笑顔で答えてくれました






だから、また、Sさんに会えるって、楽しみにしてました






私が4人目妊娠中に出会った5人兄弟だというお二人



お二人とも、5人兄弟の1番上だというのに、きっと大変な思いもしてきたんじゃないかなとか思うけど

とても楽しそうに兄弟のことを話してくれて

大人になっても仲が良い関係性


すっごく素敵だなと思ってしまい

4人目の産後すぐから、もう1人いたら、、、

なんてことを想像してしまい

でも葛藤と悩みと

夫に相談と


夫も最初はもうこれ以上無理だと話していて

私もそうだよねって思っていましたが

しつこい私に根負けしたんでしょうね

夫も、私が後悔しないようにするのが1番、でも本当にこれが最後

とワガママを聞いてくれました



何周期かタイミングを取っても妊娠に至らなかったので、K先生にまた会いに行き、妊活指導してもらうことにすると、すぐ妊娠

K先生、私がまた来たら

「理恵さん、どうしたぁ」

って言ってくれて


まだ妊活するんかいなんて思われたかもだけど

妊娠陽性反応出た時は

「おめでとう!」って心から言ってくれてたように感じた







子供5人なんて、やっぱり贅沢だったんだろうか

だから罰がくだったんだろうか


楽しみだったなあ、産まれるの

可愛い可愛い5人兄弟

見たかったな

死産宣告をされた時


大きさからして、既に亡くなってから1週間程経っているとのことでした



冷静に受け止めようとする自分の後ろに

叫んでいる自分もいました


何故ならずっとツワリがあったからです

つい昨日も吐いたばかり

日中も気持ち悪くてほとんど横になる日々

シャンプーや洗剤のにおいも辛い




でもふと思い出しました

そういえば数日前から、夜の気持ち悪さは少し減っていました

夜気持ち悪くて数え切れないほど起きてしまう、気持ち悪くて眠れない

それが少し楽になっていました


でももう14週、一般的に少しツワリが落ち着いてきてもいい頃でもあり

私は長いトンネルをもう少しで抜けられるんだと

先に光が見えていた気持ちで過ごしていたのです




でも、それは、赤ちゃんがきっと亡くなったから

ツワリの辛さが少し和らいだ

そういうことだったのか

と思いました







出血も少ししていました

でも茶〜黒い出血でした

絨毛膜下血腫であったので、出血することが当たり前となってきており

しかも鮮血ではなかったので

もしかして血腫が排出されてきているのかなと思っていたほどです



基本的に絨毛膜下血腫は、安定期頃に自然と吸収されるか、排出されるかだそうで

次の健診には血腫が排出されてなくなってるかも

そんな期待すらしていました




だってまだツワリがあったから


辛いツワリ

でもツワリがあるから赤ちゃんが大丈夫なんではないか、生きている

そんな風に思っていました



なんてバカなんだろ

前回の死産した時だって

亡くなってからもツワリあったじゃん

少しマシになってきてた部分はありましたが

週数的にツワリが落ち着いてもいい頃なので

勘違いしていた自分




なのになんでまた今回ツワリがあるから大丈夫だなんて

思ってたんだろう



思いたかったのかな

一度目はたまたま運が悪かっただけで

今回もきっと元気に産まれてくるって










ツワリは結局産まれたら9割はなくなりました

産まれてからもしばらく口の中の不快感、食後の後味の悪さ

残っていましたが

それも今少しずつ消えていきます






ツワリのない世界

快適なんだなあ

ツワリ中は元気な時が思い出せなくて

指折り数えてた

私の場合は12週越えても終わることはない

16週超えれば全てではないけど少しマシになってきてたような




一日一日をなんとかやり過ごして

気持ち悪さがおそってくる夜がこわくて

片付けも掃除も

食事の用意も子供達と遊んであげることも

なんにもできなくて

でも今だけだからと

自分に言って

5回もツワリ乗り越えてきたんだぞ

だから、きっと6回目のツワリ

やり過ごせるよ



そう過去の自分に励ましてもらって

自信もらって












心拍がなくなってると知った時

残ったのは荒れた家

掃除できてない汚い部屋

あぁ、片付けなきゃな

元の生活に戻らなきゃな





その現実

家がどんなに汚くなっても

私が動けなくても

元気に産まれてきてくれた方が

よっぽどよかったよ


少しずつ家を片付けてるけど

私は何をしてるんだろう

あの耐えた日々は何だったのだろう

激しい虚無感に襲われます




「ツワリがあるのは赤ちゃんが元気な証拠」


個人差はあるのかもしれません


でも私にとったらそんなの嘘です

赤ちゃん亡くなっててもツワリがありました

それを知ってからは何のために今気持ち悪いのか、わからなかった


でも今思うのは

どんなにツワリ辛くても耐えるから

やっぱり元気に産まれてきてほしかったよ

抱っこしたかったよ


また本日のリアルタイムでのこと




今日は産後2週間健診でした




先生との会話はまた詳しく書こうと思うのですが



病院行ったら色々また心のダメージを受けてしまいました





まずは病院に車で到着、駐車して車を出て病院の入口へ行こうとしたところ、向こうからお腹の大きな妊婦さんが歩いてきました

臨月近いぐらいでしょうか

大分大きなお腹で少し歩きにくそうにゆっくり自分の車へ入っていきました

それを見送ってから私は歩きだしました




いいなあ

赤ちゃんあんなに大きく成長してくれたんだ

もうすぐ出産なのかな

私ももし赤ちゃん無事だったら、あと数ヶ月であんな感じのお腹だったんだろうな

なんで私の子宮今空っぽなんだろう、、、






急激に病院に入るのに緊張してきました

何故だろう

赤ちゃんが生きてるかどうかいつも不安な気持ちで病院に来てた時よりすごく心拍数が上がり

震えまで出てきてしまいました

入口に入るとこの病院のにおいを感じ

様々なことを思い出しました


私はこの市立病院では元気な赤ちゃんを出産したことがありません

いつも臨月近くにほかの産院に転院しているので、この病院では死産の入院2回と、今回の絨毛膜下血腫での短期間での入院の計3回の入院

あとは娘と末っ子の妊婦健診

全てお世話になったK先生



いつまで私ここの病院通ってるんだろう



受付を済ませ、産婦人科の待合室の方へ行きました

総合病院なので沢山の人がいます

今日も産婦人科は混んでましたが、そんなに待たず中の待合室へ呼ばれ椅子に腰掛けました




こちらは産科も婦人科も同じなんで、当然妊婦さんは沢山

そしてカーテン1枚で診察室は仕切られているだけなので、中での会話は丸聞こえです

あとはここ最近とても外国人(特に中国人)の方が多く、ここ日本だよね?と逆アウェイ状態になります

職員の人も中国人が何人もいるようで、患者が日本語わからなくても通訳してくれちゃいます

なので余計沢山来るんでしょうが、、、



K先生だけが目当てで通ってる私なんですが

そのK先生に呼ばれるのをカーテン越しに待っていると

隣の診察室で楽しそうな会話が聞こえてきました


赤ちゃんのエコーをしているようで

お顔がこうだの可愛いねーだの

とても微笑ましい会話でしたが

羨ましい気持ちがとても勝ってきて

私もそこまでたどり着きたかったなーってまた悲しくなってきましたが

なんとか涙を堪えました


すると次はその方が内診室へ行かれました

もう臨月だったのでしょうか

先生が「少し刺激するよー」と言っていて、妊婦さんのうめき声が聞こえました

内診グリグリかな、あれ痛いよね

って心の中で思いました

私も次男の時やられたのを思い出して


どうやらその妊婦さんも中国人のようでカタコトでした

「ううっ、痛い」

とうめいていると


その担当の先生が

「今少し刺激したら、破水しました。

このまま赤ちゃん産んで帰りましょう。」

と説明していました。





「旦那さん呼んでほしい」

その妊婦さんはカタコトで伝えていました。

旦那さんも一緒にいらしてて、また診察室に戻る妊婦さん



「今もう破水したので、このまま入院して赤ちゃん産んで帰りましょうね」

とまた再度先生が説明していました





「このまま赤ちゃんを産んで帰る」


あぁ~いいなあ

元気な赤ちゃん産んでね





涙がこぼれそうでしたが、もうすぐK先生に呼ばれるだろうから

必死に耐えて上を向き

先生に呼ばれるのを待ちました



4人も産んだ私なのに

胎動ってどうやって感じるんだっけ

どうやってお腹大きくなっていったんだっけ

どうしたら赤ちゃん臨月までお腹で大きく育つんだろう

無事に産まれてこれるんだろう



頭の中は疑問だらけでいっぱいでした

リアルタイム、本日のことです





今日は、夫の妹達の誕生日でした(夫の妹達は二卵性の双子)。






夫がおめでとうラインをすると、、、








姉妹の妹の方から返事が、、、











「今聞きたくない報告書いてあるわ」

と

夫が言うので

すぐわかりました。



妊娠報告か、、、と。






でもいずれは知ってしまうこと

ラインの文章を見せてもらうと




「実は第三子妊娠中で、12月末に出産予定でーす☆

初めての男の子なので、色々男の子育児教えてねー💓」



まぁこんな感じでした。





義妹は、私より1歳歳上です。




結婚は34際でしたのですが、

35歳で第一子

37歳で第二子

そして今年38歳で第三子出産予定だそうで


前回の出産から1年しか空かずまた出産のようで、、、



35歳過ぎてからかなり順調に妊娠出産しています





その妊娠報告だけでずーーんとした気持ちになり







(こっちは10日前に男の子死産したばかりだけどね、、、)

なんてダークな気持ちに



おまけにその後に



「3年連続で出産してまーす🎵」

なんてのもきてて





何の疑いもなく3人目も無事にこれから出産できると思ってて

マタハイっぽいテンションの高さも感じ






さらに気持ちが落ち込みました。




私は元々子供が沢山欲しくて




23歳から婚活とかして

結婚



端から見たら順調に妊娠出産してるように見えるんだろうなと思います


でも6回妊娠して

2回は死産


産まれてきてくれた4人の子達の妊娠中もけして順調ではなかったし

そもそも妊娠もなかなかできなくて3回の妊娠は病院に通って妊活指導受けたり注射したり検査したりもありました


悪阻もとても酷いし

必ず切迫流産になる

娘の時は切迫早産にもなったし



特に3回目の妊娠で後期流産(死産)をしてから

その後の妊娠は気が気でなくて情緒不安定で

ずっとこわかった






でも4人も元気な子供達産まれてきてくれた

勿論それで充分


4人もいるじゃない!

その通り












でも義妹からの報告は辛かった





全てが順調な妊娠出産

今回も一年しか出産期間空いてないということは

産後すぐに妊娠したことになるけど

私まだ生理すらきてない頃だけどな、、、

とか

そんなすぐまた妊娠できる体羨ましい




そんなこととか



専業主婦なので、私みたいに何回も妊娠報告や死産報告を会社にして気まづい思いもしてないだろうし

育児と自分の体だけに集中できることが羨ましいと思ってしまった








12月末には出産報告がくるのであろう

前回の出産報告もめちゃくちゃ安産だったとの産後ハイみたいな報告きたので

それと同じ感じでまたくるのかな





12月末は私が1番辛い時期なのに

今から憂鬱すぎて










心が狭いのは重々承知してる






誰も悪くないのもわかってる






でも今は無理です

聞きたくないんです




私のこの前までいた赤ちゃんは死んでしまったんです


妊娠してから、予定日が確定してから、母子手帳をもらえてから


ずっと想像してた

産まれてきてくれる日のこと

また赤ちゃんを抱ける日々のことを




その未来をなかったことにされる

それがとても辛い






きっと流産死産した人にしかわからないと思う

でも私だってこんなこと経験したくなかったよ、、、







身近な人程妊娠報告が辛いのはなぜだろう

入院中の病院の赤ちゃんの泣き声やすれ違う妊婦さんは

大丈夫だったのにな

少し話が遡り

妊娠11週目の時のことです



夜中子供達が寝て、私もそのまま寝ようかと少し体制を変えた時

ジョロ

と何か出たのを感じました





(えっ?尿漏れ?にしては量がそれなりに、、、まさか破水?)



ちょうどその時夫も寝室に来たので、タオルをお願いし持ってきてもらい、ふいてみると


鮮血でした

また少し体制を変えるとジョロリ



ドロッとしてるというよりサラサラした水のような感覚


とにかく結構な量でなんとかタオルで押さえ立ち上がると下にポタポタ





夜用ナプキンなんとかつけて

この量はまずい、もしかしてこのままダメかもしれない

と思い、病院へ行くことにしました

時刻は23時半

病院にTELし、夫に急いで病院まで送ってもらい、受診することに




その時はまだ赤ちゃんの心拍の確認ができ、安心しました

原因は絨毛膜下血腫

赤ちゃんの膜の横に血の塊(血腫)ができてしまい、そこから出血しているとのこと

6回目の妊娠の中で初めての出来事でしたのでびっくりしました


また大量出血のおそれがあるので、とにかく安静にすることに

しばらく出血は続きました




ちょうど夏休み、長男次男は学校がないので、私の実家にお世話になったりなるべく安静に過ごしていました

途中血腫の経過を見せに病院にも行きました

出血はおさまってきて、血腫もしばらくしたら吸収されるだろうとのことで、少し安心していました





 

おそらく血腫が原因の心拍停止ではなさそうです

そのようなことをK先生がおっしゃっていました

産後の健診がこれからなので、その時に聞いてみようと思います




正直、やれるだけの安静はしたつもりです、、、

勿論4人上に子供達がいるので、寝たきりとかは無理でしたが、土日は夫にも協力してもらって

悪阻も辛くてでも耐えて

沢山のことを犠牲にして耐えた3ヶ月でした

だから、余計悔しくて悲しくて

これだけやってもダメだった

強い脱力感と無気力感に今苛まれています