幸せってなんだっけ?
ポン酢醤油があることです。(古っ)
確かにないより幸せだわ。鍋にはポン酢!
たまねぎにもポン酢!竜田揚げにもポン酢だよ!
何か。
ブログに書きたい。書こう、と思うことがいくつかある。
その中には自分で自分の何かを探す。
自分の過去を検証して、前に進む。
ということも含まれる。
前々からよくあることだけれど、停滞期みたいなものなのか
何かを考えても、ほんの少し何かに気をとられたり
ほんの少し視点を変えたりするだけで
考えていたことが、ぱーーーーーっと霧のように散ってしまう時期がある。
慌ててその散らばったものを拾うけれど
何かが足りないのか、それを再度形作ることが出来ない。
そのいくつも散らばった何かがたくさんあるけど
何一つ形にならない。
私の毎日には、たくさんのことがあって
たくさん考えたいことや、考えないと無くしてしまいそうな感じがすることがあって
それが多すぎるのか、全部やめてしまいたくなるときもある。
捨て鉢になったり、悩みすぎてどうこう、という感じではないのだけれど
ちょうどいい言葉が思いつかない。
面倒になる。
それが一番今のところ合っているような気がする。
実際日々は何も考えず、何も悩まなくとも時間は過ぎて
深く思考したり、深く悩んだり、「何か」を得ようとしなくとも
自然に得るものもある。
たまに、「よく考え、壁に当たった人ほど深みがあって熟成する」という
ことを見聞きするけれど、最近それが本当なのかなぁ、と思うことも多い。
それは夫に出会ったせいが大きいと思うのだけれど
夫はハッキリ言って、格闘技のこと以外はほとんど悩まない。
人間関係で辛いことがあっても、それを思考して乗り越えたり
自分を熟成させて乗り越えようなどとは露ほども思ってはいないと思う。
だけど、上手く言えないけれど、私は夫よりも人生を楽しんで
一人で立っている人を見たことがない。
もう随分前だけど、サークルで知り合った人はみんな所謂エリートという人で
官僚になったり、物産系に就職したり、医者や弁護士になった。
キレイで育ちの良い奥さんをもらい、いっぱいボーナスをもらって
ジャグヮ(笑)に乗って、素敵な靴を履いている。預金は常に八桁はくだらない。
でも幸せじゃない、と言う。
あるフランス領の沖合いでタコを輸入していた人は心を病んでしまった。
ボクは今まで挫折をしたことがない、思った通りの人生を歩んできた
と言っていた先輩は自殺してしまった。
今まで手に入らなかったものはない、と言っていた人はお子さんが
犯罪を犯してしまい、ノイローゼになってしまった。
両親がアルコール中毒で、虐待されて育った人は一生懸命
自分を取り戻そうとして闘っている。
だけど普通(ってなんだろう)の家庭に育った人を見下す。
わりと幼いころから「うつ」と闘ってきた子は、いつも世を憂えている。
私は自分が人生に何を求めているのかよく考える。
いっぱいいっぱい考えると「怠けたい」に尽きる気がしてくる。
だらだら、と好きなことをして、好きなものを食べて
好きな人とだけ会って、好きなだけ眠って
雨が降ったら遅刻して、風が吹いたらお休みしたい。
努力なんかしたくない。
会う人全員に好かれたい。
楽しいことをしていたい。
それだけ。別に成長なんかしなくてもいいやぁ、と思う。
でも人に迷惑をかけるなら、それはイヤだなぁ、じゃあ頑張ろう、とも思う。
お荷物のように生きるのはイヤだから、なるべく自分のことは自分でやる
出来ないことをしてもらったら、感謝する。
自分にしてもらったことは還元したい。
怠け者ですから、こんなもんです。
私はよく人に働きものだね、とかキレイ好きだね、と言われるけれど
それもこの怠け心がそうしているのです。
働かないと怠けられないから、怠けるために働くし
汚くしていると、いつか片付ける日に大変だからキレイにしておく。
働きものでもなけりゃ、キレイ好きでもない。
いろんなことを知りたいと思ったら、知りたい気持ちとはかりにかけて
努力するときもある。
やりたいなーと思ったら、やりたい気持ちとはかりにかけて
努力するときもある。
でもそんなの努力でもないかなぁ、とも思う。
何が自分にとって幸せなのか、まだわからない。
けど、夫を見ていると羨ましくてたまらない。
夫みたいに生きていくのが、もしかしたら私の理想なのかな、と最近思う。
だって夫はいつも「おれって幸せだなぁ」って言うんだもの。
2005年8月27日(土)PM:3:26に上げた記事です。
この記事もある意味完成されています。好きです。
万人にとっての幸せとは何か、ではなく「ちょっちぷんの幸せ感を味わいたい」ということです。
これもあれよね、相対的な幸せとか世間が認める幸せじゃなく、自分が置かれた状況を
そっくりそのまま受け入れること、セルフ・エスティームにおける幸せ、それが私の幸せってことよね。
人の価値観に則って生きていると勝ち負けや優劣にこだわる気がする。