リクオさんの清志郎さんとの共作
『胸が痛いよ』
初めて聞いたのは、3年前の《宮城うたの日コンサート》
久しぶりの「チケットを買う」と言う作業に、
少しだけ…ちょっとだけ…心が動いたのを思い出します。
前奏の美しさ…
清志郎さんが仕上げてくれたという詞なのに、
清志郎さんへの言葉としか想えない詞…
ハモる声が、聞こえるような歌でした…
聞くと、
「私は清志郎さんを探してるんだな…」
と気づかされる歌が、有ります。
この歌も、そうでした…
その歌の詞の中に、清志郎さんを見つける鍵があるんじゃないかと
探してる…
探していることに、気づく…気づかされる…
そして、そう気づくと
…その歌の中にこそ、清志郎さんは‘いる’んだ…
と想えます。
そう思わせてくれる歌は
…何故か清志郎さんの歌にこそ多いのですが…
清志郎さんを、想いもしないで聞いていたのに…
ある日、だったり…
会えなくなって、だったり…
ある時、突然、気づく…
三宅さんが歌ってくれるこの歌も、そうです…
『はじめぼくはひとりだった』
生きていることは
愛なんかより
ずっと素敵なことだった
いつも、「そうかなぁ…?」と想いながら、聞いていました。
LOVE & PEACE
だし(笑)
清志郎さんを想わず聞いているころは
「田んぼで見つけた蛙の卵が
僕に死ぬことの怖さを教えてくれた
大地は卵のように柔らかいものでできていた」
と言う部分が好きでした。
危ういような…繊細な感じが
その部分を待ち通しく聞く歌になりました。
えずこで、
『東北』『死ぬまで生きろ!』『胸が痛いよ』
に続いて聞いた『はじめぼくはひとりだった』は、
「生きていることは 愛なんかより ずっと素敵なことだった」
ズシン…
「生きていることは、素敵なこと」
だと…、強く思いました。
そう思うことは、「生きられなかった」ことの無念さや
その無念さを、想いやる気持ちを
より一層、強く、強く…
感じさせると詞だと、思いました。
「ある日ぼくは素敵な
ある日ぼくは素敵な言葉を見つけた
そして、はじめて
寂しさを知った」
友部さんと三宅さんの、『ロックンロールやってます』の中に収録されているこの歌は
それだけ、その年の6月に録音されたもので…
どんな気持ちで歌っているのだろうと…
胸が潰れそうでした…
その、見つけた言葉が何であるのか…
それは、本当に「言葉」なのか…
いつも、考えてしまいます…
次の年、盛岡の‘紅茶の店しゅん’で、この歌が始まったときは…
最後の歌詞を聞くのが…辛いのではないけれど…
怖いような…
それこそ、…あれ?
寂しくなるのが、怖いような…
想いが、しました。
(あれ?この感じは何だろう…?
もう少し研究してみましょう(笑))
『胸が痛いよ』
初めて聞いたのは、3年前の《宮城うたの日コンサート》
久しぶりの「チケットを買う」と言う作業に、
少しだけ…ちょっとだけ…心が動いたのを思い出します。
前奏の美しさ…
清志郎さんが仕上げてくれたという詞なのに、
清志郎さんへの言葉としか想えない詞…
ハモる声が、聞こえるような歌でした…
聞くと、
「私は清志郎さんを探してるんだな…」
と気づかされる歌が、有ります。
この歌も、そうでした…
その歌の詞の中に、清志郎さんを見つける鍵があるんじゃないかと
探してる…
探していることに、気づく…気づかされる…
そして、そう気づくと
…その歌の中にこそ、清志郎さんは‘いる’んだ…
と想えます。
そう思わせてくれる歌は
…何故か清志郎さんの歌にこそ多いのですが…
清志郎さんを、想いもしないで聞いていたのに…
ある日、だったり…
会えなくなって、だったり…
ある時、突然、気づく…
三宅さんが歌ってくれるこの歌も、そうです…
『はじめぼくはひとりだった』
生きていることは
愛なんかより
ずっと素敵なことだった
いつも、「そうかなぁ…?」と想いながら、聞いていました。
LOVE & PEACE
だし(笑)
清志郎さんを想わず聞いているころは
「田んぼで見つけた蛙の卵が
僕に死ぬことの怖さを教えてくれた
大地は卵のように柔らかいものでできていた」
と言う部分が好きでした。
危ういような…繊細な感じが
その部分を待ち通しく聞く歌になりました。
えずこで、
『東北』『死ぬまで生きろ!』『胸が痛いよ』
に続いて聞いた『はじめぼくはひとりだった』は、
「生きていることは 愛なんかより ずっと素敵なことだった」
ズシン…
「生きていることは、素敵なこと」
だと…、強く思いました。
そう思うことは、「生きられなかった」ことの無念さや
その無念さを、想いやる気持ちを
より一層、強く、強く…
感じさせると詞だと、思いました。
「ある日ぼくは素敵な
ある日ぼくは素敵な言葉を見つけた
そして、はじめて
寂しさを知った」
友部さんと三宅さんの、『ロックンロールやってます』の中に収録されているこの歌は
それだけ、その年の6月に録音されたもので…
どんな気持ちで歌っているのだろうと…
胸が潰れそうでした…
その、見つけた言葉が何であるのか…
それは、本当に「言葉」なのか…
いつも、考えてしまいます…
次の年、盛岡の‘紅茶の店しゅん’で、この歌が始まったときは…
最後の歌詞を聞くのが…辛いのではないけれど…
怖いような…
それこそ、…あれ?
寂しくなるのが、怖いような…
想いが、しました。
(あれ?この感じは何だろう…?
もう少し研究してみましょう(笑))