寅さんの甥っ子の満男が、寅さんに聞きます。



「おじさん。人は、どうして生きてるのかな…」



「えぇ?お前、難しいこと聞くねぇ…



ま、あれじゃないか



人間、生きてると



『あぁ、生まれてきて良かった』



って心から思えることが何べんかあんだろ。



そのために生きてんじゃないのか」





寅さんの言葉は、山田洋次監督が考えるのかもしれないけど



寅さんが言わないような言葉は、



渥美清は言わないと思う。



だから、寅さんの言う言葉は、



寅さんの言葉だと思う。



人は、そのために生きてるんだと思う。



だって、寅さんは、本当に優しい人だから。



本当に優しい人の言葉だから、本当のことだと思います。





悲しくても、生きて…



いつか、「生きてて良かった」と…



思える日が、来てほしい…



そのために、私は何ができるんだろう…







司馬遼太郎は、



「文明は滅びるが、文化は滅びない」



と言いました。





私たちは、手懐けた気になって



飼い犬を怠惰に飼い続けていました。




でも、一度鎖を外したら



その犬は暴走し、捕まえられず



手に負えなくなってしまいました。



犬は、私たちを飼い主だなどと認めてはいなかったんです。



犬は、実は他所の飼い犬で、



疲れ果てていることに気づかない振りをして、



私たちは「うちの犬は健康そのものなんですよ」



なんて顔をして、散歩に引きずり回していました。



遠くに住む、本当の隠れ飼い主は、



犬が疲れ果てていることを知っているのに、



そ知らぬ顔で笑いかけ、頭を撫でたりしていました。



隠れ飼い主は、犬だけでなく…



私たちの飼い主でもありました。





犬は暴走し、もはや誰にも止められません。



犬は、血の通った生き物ではなく



人造で、心を備え忘れていたから。



犬だったら…、根気強く名前を呼び続けていたら



いつか飼い主に歩み寄ってくれるかもしれない…。



犬であっても、呼び続けても…離れていってしまうかもしれない。



いずれにしても、コントロールできないのは



飼い主の責任です。





人造の犬は、自分でも、もう止まりかたが分からない。



プログラムされていなかったから…!



ああ、もう…!何て可哀想な…



人造犬は、人を傷つけながら、なお走り回っています。



自分は滅びない、滅ぶこともできないという滅び方で…。





私たちがこき使ってきた文明は、滅びていきます。



でも、文化は…



音楽は、滅びない。



悲しみを思い出させ、



悲しませてくれる。



慰め、癒し、



励ましてくれます。



対岸にいる何かではなく、



空気のように、大地のように…



私たちと共に在ってくれる。



寄り添ってくれる。



寄りかからせてくれる。



形を変え、包んでくれる。





あの犬は、本当に心を持たないのかなぁ…。



心を込めて、造った人もいたんじゃないのかなぁ。







「どうやり抜くか」



やり抜くことでこそ、本当になっていくと…



《生きよう》を聞いていて、思いました。





震災は、一過性のものではありません。



姿を変えながら、



私たちの心情を変えながら…



ずっと、存在し続けるのだと思います。



共に、在り続けるのだと思います…





歌は、音楽は…



ずっと、必要です。





三宅さん



《生きよう》を歌い続けてください。



《生きよう》が本当になるように。





今、想うことは



助けてもらった私たちにも、



《そこから君を助けてみせる》



と思う人がいること。



きっと、いること。



私たちにも、助けたい人がいて



「一緒に生きよう」



と言い続けたい。





歌は、音楽は…



不滅で、きっと別の場面で



誰かを助けていくようになるんだ!



そんな経験を…



私は、たくさんしてきました…。



《生きよう》は、これからも



たくさんの人を、色んな場面で助けていくんだなぁ!