東日本大震災から2ヶ月が過ぎた頃、仙台は新緑の真っ只中でした。
どこを見ても、新しい、眩しい、世界で一番キレイな黄緑色が溢れていました。


足元ばかり見て歩いていても、ふと、その黄緑が目に飛び込んできて…
そうするとその先の、更にその先の黄緑が目に入って
だんだんと首が持ち上がっていきました。
そして、青空と新緑が一緒に目に入って…
キレイだなぁ、この色が世界で一番好きだなぁ!と思うのです。


最近、週末は仙台港へ行っています。
道すがら、ちょうど仙石線が走ってきて…
その向こうを、平行して新幹線が走っていきました。
高架橋の下では、家族総出の…
でも、いつもより少し遅めの、田植えの風景。
毎年の、いつもの、仙台の…宮城の風景です。


違うのは、仙石線が石巻まで行かないこと。
新幹線の速度が遅いこと。
田植えは、ここしかできないこと…


仙台から七ヶ浜、塩竃へ繋がる道路の、もう一本海側を通る道路があります。
道路わきの空き地には、大破した数千台の自動車が積み重ねられています。
防潮林だった松は、上の部分が一斉に駆り払われていました。


色々なものが…、引っかかってしまっていたはずでした。
林の中にも、貨物の線路の上にも…まだ何台もの車が放置されています。
信号の点かない交差点では、歩道に車が横倒しのままになっています。
踏み切りも、街灯も、標識も…真っ直ぐのものは、ほとんどありません…


二階建ての商業施設で被災した方の話しでは、黒い壁のような波がやって来て…
堤防もフェンスもなぎ倒したそうです。
駐車していた車はすべて流され、一面水没し孤立したのだそうです。
地上にいた人からは堤防で津波が見えず…屋上から避難するように叫んだけれど、間に合わなかったそうです。
それを思い出してしまって…
屋上には、あまり行けない、と言っていました…


2005年のアラバキが開催された会場の、すぐ傍です。
GODが出た年で…、ROCK ME BABYで始まりました。
次の日は、三宅さんが仙台でライブをしてくれて
「みんな新幹線で帰っちゃったけど、残って良かった!」
と言ってくれました(^^)
あの頃から、三宅さん…4月は仙台に来てくれましたね…
「寒かったね~」って(笑)
そう!アラバキは、寒いんです。
…三宅さんはそう言ってたけど、私は…
始まる直前に上着を着たことを後悔したっけ(笑)


途中、ヒロトが「お客さん連れてきたよ~」って歌いに来たり、
アンコールはクドカン、スカパラ、奥田民生…ステージ上は大賑わいでした。
あんまり楽しくて、呆然とした帰り道を…
会場があった方向を見ながら思い出します。
ポプラが静かに…悠々と揺れているのが見えます。


商業施設の前には、2,30本の旗を掲げるポールがありますが
ほとんど全て、海から陸側に倒れていました。
真ん中の5本だけが立っていて、「夢メッセ」の旗が掲げてあります。


黒い壁のような波を見た人は、片付けの時
「とにかく、まずポールを立てよう!」と仲間に言ったそうです。
言われて立てた人たちは
「他にやること有るんじゃないか、って思ったんですけどね」と笑うので、
「そんなことないです!」と言いました。
本当に、そう思いました。


仙台で見かける長距離バスの窓には、
「応援しています」とか「頑張ろう東北」「頑張ろう宮城」
と貼ってあります。
フロントガラスやボンネットに緊急車両、救援車両と貼られた県外ナンバーの、
後ろのガラスにも「がんばろう東北」「頑張ろう日本」
それを見て、有り難く…そして「がんばろう」と思えました。
開通した東北道も、ガソリンを運んできてくれたタンカーも、
市場に魚が水揚げされたことも、
新幹線が繋がったことも、
仙台空港に飛行機が降り立ったことも…
みんなみんな、私たちを励ましてくれました。


街中の飲食店が、ガスが来ない中でも
無理やりでもお店を開け、明かりを見せてくれたことに…
どれだけ気持ちが救われたか分かりません。


夢メッセのポールにも、自分の気持ちを奮い立たせ、
同じように、そう在ってほしいと願って…
私たちへの…そして自分への、メッセージだったのだと思います。


友達になった小学校二年生の女の子は、
砂だらけの床、煤けた天井、散乱した書類や机や椅子
長靴、乳母車…
を見て、「これ、どうしたの?」と聞きます。
その子の自宅は、前の川で津波が止まったと聞いていたので
「水がここまで来たんだよ」と言うと
「どのくらい?」と聞きます。
手を繋いで、建物の外まで行って
ガラスに付いた水の跡を指して…
「ここまで水が来たんだって」
見上げて「私の背より高いよ」と…不安そうな顔をして…言うので
「私のよりも高いよ」と言って、また手を繋いで戻りました。
「ここにいた人、どうなったの?」
と聞くので、「屋上に逃げたんだって」と言いました。


…半分だけ、本当です。
私は専門家ではないから、「あなた、心は大丈夫?」
なんて、心許ない気遣いしかできません。
でも、できることしかできないから…
と、自分を励まし…できることを、やっています。


防潮林の松は枯れ気味ですが、同じように水没したはずの街路樹のケヤキは…
一瞬、何もなかったのかと錯覚させられほど…
キレイな新緑を見せてくれました。


ケヤキは県木です…
励ましてくれます、ありがとう。


機能としては、落ち着きを取り戻してきたように見える仙台の街中で…
毎日見かけるケヤキに、海の傍で見るケヤキを想わせられます。
震災後、まだまだ…まだまだ、何も変わっていない部分がたくさんあります。
その中で、必死に頑張ってくれている人
必死に堪えてくれている人…
たくさん…たくさん居ることを、絶対に忘れてはいけないと思って生活しています。
それしかできないから…せめてそうでありたいと…思っています。


みんな、日々の生活の中で…どうしたら、何をしたら
逆に、何をしなければ…
被災地のためになれるのか、考えているように感じます。
自分がもどかしく、苦しい時もあります。
でも、どうか、この想いが続いて…ずっと、ずっと続いて…


ただ、一日も早く…また、みんなで、幸せに暮らしたいんです…
少し前のように…東北は…みんなで…
大袈裟でない平和で…暮らしたい…


家に帰って…
新しい安心できる場所を確保して…
お米を作って…漁をして…
…空に大切な人を想える日が…みんなの時間で…
でも、必ずいつか、来てほしい。


空を見て、海を見て、そう想っています。
そう想っている人のことを、想っています。
そう想ってくれている人が、この空と海で繋がっているんだなー…って、想ってます。