寛平ちゃんが数年前、一週間の砂漠を走るマラソンに挑戦した時

‘最後の最後に見せるビデオ’

は、大阪の完全復活祭のステージからエールを送る、清志郎さんとお客さんの映像でした。

リタイアしそうになっていた寛平ちゃんは、

「何でこんなん見せんねん…」

と言って、泣いて、完走しました。

ゴールには‘さんまさん’、BGMは‘雨上がりの夜空に’

あの時だって、声出して泣いてしまいました(T_T)


清志郎さん、あの時は寛平ちゃんのこと

「そいつは、次は走って地球を一周するなんて言ってるんだーっ!」

って言ったけど…

でも、寛平ちゃんは本当に

「自分の足と、風のチカラだけで地球を一周するアースマラソン」

に出発してしまいました。

色んな人が、寛平ちゃんの挑戦を

「ムリだ」

と言いました。

私は、それは‘優しさ’なんだと思いました。

「諦めて帰ってきても、全然恥ずかしくないんだぞ!

危なくなったら帰って来い!

帰る場所は、いつだって在るんだぞ!」

って。


でも、寛平ちゃんは…

毎日50キロ走り、

声を掛けてくれる一人一人に手を挙げて応え、

二年前のお正月に大泣きしながら出港し、

荒波や凪に泣かされ、

水・電気・食事を我慢し…あ~お風呂も入らず(笑)

たくさんの人と出会って、
出会った人達の優しかったことを、毎日私たちに教えてくれました。

毎日、朝晩、寛平ちゃんの生存確認することが、私の日課になりました。


テレビでも見たことのないような極寒、極暑…

スコール!竜巻!砂嵐!ブリザード!!

足の痛みも、靴の中や隙間から服の中に入ってくるジャリジャリも、
あ~髪の毛の中もジャリジャリ!

足やお尻のヒリヒリも…

淋しさも、挫けそうになる気持ちも…

全部乗り越えてくれました。


寛平ちゃんが遠ざかるにつれ時差は大きくなり、

寛平ちゃんが帰ってくるにつれ時差はなくなっていきました。

福岡に上陸して、やっと同じ時間で応援できるようになった時…本当に嬉しかった(:_;)

本当に、ホッと安心しました。



1月17日のブログ…

「大阪」の文字の下で、両手を上げる背中…

一つ前のブログに

「次の写真には、コメントは書きません。感じてください。」

とありました。


寛平ちゃんは、今日、帰ってきたかったんだと…思いました。

寛平ちゃんのスタートは、16年前の1月17日だったんだと…私は想ってます。



ニュースで、震災後初めて慰霊祭に出席した女性の話を聞きました。

お子さんとご主人を亡くされたそうです。

今までもずっと、私の想像では、決して追いつかない日々を過ごしていらっしゃったんだろうと…

一生懸命、前進していらっしゃったんだろうと…

追いつけないながらも想像しようとしました。

そして今日が、新しい一歩を踏み出した日になったのだと…想いました。

私にも、一歩を…

本当の一歩だと想える

「新しい一歩」

を、踏み出せた日がありました。

それは、本当に、チカラを得た日でした。

その日からは、目の前には「前」だけがあります。

あの女性も、きっとそうであってほしいと…心から思いました。

「前」は、大切な人が、自分の前に開いてくれたものだと、今は思えるのです。

あの女性の大切な大切な二人が、二人の大切な彼女に「前」を開いてくれたのだと…。

そう、想いました。

きっと、消えることのない明かりになったと…

そして、どうぞ、そうなりますように…



寛平ちゃんの背中から、いつも清志郎さんの歌が聞こえる気がしました。

ブルースの根底に流れているものは、「生きている」ことの、ひたむきさ、強さ…なんだと、教えてもらいました。


清志郎さんが、寛平ちゃんの夢を信じていること。

寛平ちゃんが、家族のもとに必ず元気に帰ること。

途中で帰ってくることは、ぜんぜん恥ずかしいことじゃない。

いつでも、帰ってくる場所が在るってこと。

でも、もし…もう少しの頑張りで乗り越えられるなら、

挫けてしまったことに後悔しないように、挫けない勇気をくれる…

そんな歌だと思いました。


でも、寛平ちゃんは諦めなかったし、挫けませんでした。

泣き言も言ったし、泣いたけど…

いつも最後には笑いを、心配させないように笑いをくれました。

寛平ちゃんは、鉄人でした。


おととしの5月、寛平ちゃんの泣きながら走る姿がアップされた時…

私は…固まった心に小さな裂け目ができたみたいで…

初めて、「現実なのかな」と思ったり…

でも、その裂け目から、搾り出すようにしか涙は出なくて…

寛平ちゃんと苦しく泣きました。


喪章を付けて走る寛平ちゃんは、しばらく泣かなくなりました。

寛平ちゃんは強くなって、清志郎さんの分も走ろうと決めたんだと…私は思いました。

清志郎さんに、絶対にゴールの報告をすると決めてくれたんだと。



寛平ちゃんの病気が分かった時、こう書き込みました…



寛平ちゃん。

ビックリしたでしょうね。

朝、コンビニでスポーツ新聞の見出しの『寛』の字が目に入りました。

寛…寛平ちゃんかなー…

店を出るとき、別の新聞の一面の「前立腺」が目に入りました。

「走りながら治す」って。

何だか腹が立って(病気が憎らしくて)、エレベーターのボタンをパンチで押しました。
エレベーターに乗って、次に考えたのは寛平ちゃんを応援している、このブログにコメントを寄せているみんなの事でした。

病気を抱えて、寛平ちゃんが元気に走る姿に励まされている沢山の…

私が心の中で、いつか大阪で寛平ちゃんのゴールを一緒にお祝いするんだ!!!

って思い描いて嬉しくなっている、大大大大大勢のみんなの事でした。

みんな、心配しちゃうなあ…

そして、「みんなが心配しちゃう」って寛平ちゃんが心配しちゃうなあ…


職場に着いて、ブログで詳細を読みました。

寛平ちゃん

走れると分かって「めちゃめちゃ嬉しかった」

病気が分かって、眠れぬ日々を送って、それでも「走れること」が一番嬉しかったの?

寛平ちゃーん!
寛平ちゃんに「アースマラソン」があって、良かったーっ!!

本当に良かったー!!

何にでも、「時」というものがあるんだと、そう思いました。

寛平ちゃんが決心してアースマラソンをスタートした「時」

病気が見つかった「時」

三人、三国の先生に診てもらえるんだもんね。

寛平ちゃん

こんな応援をすることになるとは思わなかったなあ。
寛平ちゃん

心から理解して、心を理解して、応援してくれるご家族がいてくれて

寛平ちゃんは本当に幸せですね。

寛平ちゃんが病気と向き合って、病気を治しながら走る姿は、

今まで以上にみんなを励まして勇気付けてくれます。

それは、寛平ちゃんの背負う荷物が増えた訳じゃないですよね。

病気を抱える気持ち、理解するの難しい難しい難しい!

言葉で簡単に言っちゃいけない、いけない、いけない!

いつもそう思ってます。

だから、理解できないくらいの辛さや苦しさ、不安や恐怖がこの世に在ることを、

せめてそのことを忘れないでいたいと、いつもそう思っています。

…震災のことも、そうです。

寛平ちゃん

何のプレッシャーも感じないでください。

寛平ちゃんは先生とスタッフの皆さんの言うことを聞いて、

ただただ自分と寛平ちゃんの家族と、寛平ちゃんの夢のためだけに走り続けてください。

それだけで、十分、寛平ちゃんを応援しているみーーーーーんなを『元気に』してくれる!

「元気」は「健康」という意味だけを指すんじゃないですね。

だって寛平ちゃんの昨日今日の走りは『元気』って言って良いでしょう?

不安になったり辛い時は、やっぱり『元気』じゃないでしょう。

その時は、どうかブログのコメントで『元気』になってください。

それしかできないから、私はそれを一生懸命やります!

一生懸命、一生懸命、ずっとずっとずっと寛平ちゃんを応援します!

寛平ちゃん!

寛平ちゃん、元気に走ってね!

寛平ちゃん GOOD GOOD Luck!!

GOOD GOOD Luck!!!!!

届けーーーーー!




寛平ちゃん、無事に帰って来てくれました。

清志郎さんが寛平ちゃんの絵に印した言葉

GOOD GOOD Luck!!

が届きました…


あのね、寛平ちゃん

「今日も無事にゴールしてくれて、ありがとう」

って、毎日言わせてくれて、ありがとう。

元気に帰って来てくれて、ありがとう。

日本を元気にしてくれて、ありがとう。

清志郎さんの歌を連れ帰って来てくれて、ありがとう(^^)(^^)


寛平ちゃんのゴールまでの、残りの全ての路に…

喜びは…

今までの何百倍も溢れてる!!

そうなる!って…

ずっと言ってくれてたんですね…


寛平ちゃんが埃まみれになって、

誇りにまみれて帰ってくることを…

信じていてくれたんですね。


清志郎さん、ありがとう。

伴走してくれている姿が…
ずっと、そうしていてくれた姿が…目に浮かびます。


ありがとう、清志郎さん。

寛平ちゃんの挑戦が、私たちにくれたもの。

‘走れ何処までも’が、いつも私にくれるもの。

夢と、勇気は…

永遠に涸れることはありません。


おめでとう、寛平ちゃん。

ありがとう、寛平ちゃん。

ありがとう、清志郎さん。