連休は高校時代の同期の集まりがあったので、実家に泊まり、翌日は袴腰山に登ってきた。3月末は猿の糞にいわれのない恐怖を覚え、情けない思いをしたので、今回は予定通り反対側の八木まで下りて往復する予定だった。
登り始めの203m地点では間もなく始まるひめさゆり祭りの準備が進んでおり、ロープがしっかり張られていた。(5/3)
其の外にも、動物が近づくとそれを感知して犬の鳴き声が鳴り響く装置がセットされていた。熊の事故が多いことを受けたもので、どこも開催者側は苦労していることが窺えた。
頂上から八木側に下りて見返りの丘までくると、粟ヶ岳に続く尾根道を分ける。既に、粟ヶ岳は殆ど雪がなくなり季節の進んだことを感じる。この辺りから気温が高くなり結構汗も出てバテ始めていた。(5/3)
八木神社まで下りて、手水舎で湧き水を飲んでから往路を辿って登り返したが、暑さでいきなりペースダウン。
地面に落下したアズキナシの花びらも以前連休に登ったときよりも時期が遅れている印象あり。既に花びらが汚くなっていた。(5/3)
八木の嶺ではイワカガミがまだ咲いていた。(5/3)
頂上に戻るにつれて、暑さが堪え、ペースは上がらない。
そんな時、8合目くらいで岩場に差し掛かり、亡父が鏨で刻んだステップを確認した。今でも登山者の役に立っている有難いステップである。このステップを踏んで最後の登りに取り付いた。(5/3)
頂上に戻ったときにはかなり疲労が溜まっていたが、後は下りるだけだからと思い直し、急斜面を下り始める。ところが途端に両大腿四頭筋が痙攣して動けなくなった。数年前、鶏頭山の下りで経験した悪夢が蘇る。あの時は這ってでも下山しなければ、という危機感があったが今回もこれに近いものがあった。熊騒動で連休にしては登山者がほとんどいないので他の登山者に助けも求められない。
今回は両脚がやられ、痛くて膝を曲げることが出来ない。急斜面の岩場を膝を曲げない様に工夫しながら、両手をフルに使ってなんとか下り切り、後はだましだまし下りてきた。矢張り、知らない間に大量の汗をかいていたようで、その割に電解質補給をしなかったためのようである。結局、車まで戻って、4時間39分、距離10.6km、累積標高差1106mだった。現在は登り口が下になったので当時はそれよりは距離が少し短いとはいえ、80歳越えて毎年これを200回往復していた亡父には再度頭が下がった。
連休中には自宅虫小屋でトネリコの葉垂らしが始まった。矢張り、これを確認すると安堵する。(5/4)
チョウアカの豊作は有難いが坊主になった樹が結構あり幼虫移動作戦を継続した。
葉垂らしが始まっている一方でまだ3令幼虫もかなり見かける。飢餓状態だった幼虫の成長が遅れていると思われた。(5/4)
連休後半は実家の駐車場の不法駐車削減をする目的で標識設置をすることになり、H氏と共に再度実家に向かった。この件は以前からH氏に相談しており、こちらは既にアマゾンから標識を購入して準備はしてあった。ただ、ブロック塀のコンクリートにビスを打ち込むのは道具も技術もH氏に頼るしかなく、連休中で恐縮だったが、実家までお連れすることになった。
到着後、速やかに作業開始。全部で6枚の標識をブロック塀に固定していただいた。(5/5)
時々、ビスが入っていかないポイントがあり(鉄筋か石でも入っているのか)、微妙に位置をずらしながら、30-40分で作業は終了した。改めて、H氏に感謝。
連休最終日、山荘では今年もシャクナゲがきれいに咲いた。昨年の秋に大分余計な樹を伐採したが、前の持ち主が植えたシャクナゲだけは残してある。これは流石に伐採はできない。(5/6)
虫小屋では終齢幼虫が目立ってきた。幼虫の数が多いので上から落ちてきた糞が葉の上に見えている。(5/6)
連休が終わって、カシワの葉が漸く新緑になってきた。(5/9)
蕃山の登山道ではヤシオツツジに替わってヤマツツジが開花してきた。(5/9)
蕃山の下の方ではヒメシャガが咲き始めた。(5/9)
虫小屋では幼虫密集のため葉っぱがなくなってしまった部分に小屋の外にあるトネリコから葉を採取して、逆さまにして枝に引っ掛ける方式により樹上で餌を補給した。(5/9)
元来、終齢幼虫は葉を垂らしてその中に姿を隠しながら食べる習性があるが、トネリコは半分しおれたような状態で結構長持ちする。だから、この作戦はまずまず使える。
そんなレスキュートネリコの葉っぱには多数の終齢幼虫が集まっている。(5/9)
連休中にH氏と実家に行った際、側溝の中に生えていたトネリコを引っこ抜いてきたものがあったので、それを鉢植えにして虫小屋の中にセットした。多分今年はこれにも産んでくれるだろう。(5/10)
この晩は山荘泊まりにしたが、やや肌寒く、一旦清掃した薪ストーブに再着火した。(5/10)
チョウアカの葉たらしはH氏のBGでも観察された。累代につながるといいのだが。(5/16)
同じく、山荘でも葉垂らしが始まった。今年は山荘でも順調である。(5/16)
この日も山荘泊まりだったが、アジのいいものがあったのでホイール焼にして食べた。なかなか良かった。(5/16)
蕃山では尾根西でヒメシャガが満開になった。意外と花期は短い。(5/16)
虫小屋ではレスキューで入れた葉っぱで前蛹が観察された。全部が下に降りて蛹になるわけではないことは以前から分かっていたが、今年は樹上で蛹化する個体が多かった。(5/16)
山荘の周辺ではタニウツギが咲き始めた。この頃は信州だとカッコウが鳴くのだが山荘周辺では聞いたことはない。(5/17)
少しずつCGも雑草が生えてきたので草取りをした。クララ、セイヨウカノコソウ、クガイソウは順調に育っている。(5/17)
この日も山荘でホットプレートを使ったが、冷凍チャーハンをホットプレートで焼いて食べると電子レンジよりは遥かにうまくなることを発見。(5/23)
虫小屋のかなでは既にほとんどの幼虫は姿を消していたが、食べ尽くされて坊主になった後に芽が出てきた部分の葉にまだ終齢幼虫がいた。飢餓状態で生き残っていた個体であろう。(5/26)
これで分かることは、チョウアカは大量に芽に食い込むため、飢餓状態でもかなりサバイブできる能力があるということだ。
昨年秋に、自宅庭の剪定をやった際に誤ってエゴノキを切ってしまったことを後悔していたが、まだ生き残っていてよかった。花を確認した。(5/27)
この日、クモツキの蚊帳を片付けることにした。蚊帳の中から運び出した菜の花の鉢。(5/27)
今年も再確認できたが、虫小屋の中に入れる鉢は基本的にはカラシ菜が一番いい。圧倒的に産卵数が多い。幼虫の飼育はどんな菜の花の莢でもいいが、産卵はカラシ菜に限る。
蚊帳と底下に敷いたビニールシートは洗浄して乾かす。(5/27)
これは外に運び出した鉢に付いていた前蛹。一応、鉢で育った幼虫は中齢以降で全て拾い上げたつもりだったがまだ残っていた。(5/27)
今年、羽化装置で変色しながら羽化できなかった蛹。他にもこれの倍くらいはあったので3月になってから冷蔵庫に入れるのは厳禁であることが分かった。
今年は孵化後、莢に食いついた幼虫が蛹になった割合は9割を越えていた。途中で鉢から回収した幼虫も殆ど脱落はなかった。昨年の9割脱落からみると如何に昨年が異常であったかわかる。矢張り、累代障害ではない。確かに、心機一転、蚊帳を新しくしたことも好影響かもしれないが、蚊帳が古かったのは要因とは考えにくい。昨年は川の堤防に生えていた菜の花を使っていた事もあったので矢張り餌の問題であると結論した。要するに自分で育てた信用できる餌を使わないと駄目と言うことである。外部の菜の花はどんなに安全そうでも何処かから農薬などが飛んできて汚染されていないとも限らない、ということである。
6月に入って、ナヨクサフジが満開になってきた。(6/1)
イボタの花も間もなく一斉に開花する。(6/1)
1979年、初めて小国でチョウアカの乱舞を見た時、傍らの満開のイボタの花でチョウアカが吸蜜していたことを昨日のことのように思い出す。イボタの花が咲くということは、虫小屋のチョウアカが羽化する時期ということだ。
予想通り、翌日チョウアカの羽化が始まった。(6/2)
来年用の蛹。昨年と違って、そもそも蛹の色が健康そうである。昨年の蛹はどす黒いものが多かった。(6/3)
早くも虫小屋でチョウアカの交尾が始まった。(6/4)
チョウアカはその後も続々と羽化してきた。鉢の土面から羽化して登ってきたところだろう。(6/6)
メスも出始めた。(6/6)
山荘ではクララが伸びすぎて倒れてしまった。紐でまとめて立たせておいた。(6/6)
この日は天気がイマイチだったので雨の後だと引っこ抜きやすいクララを掘りに行った。
バケツいっぱいクララの苗を掘ってきた。(6/7)
これを山荘に植えた。今年は枯れたようになっているが、来年は元気に成長してくれるので心配ない。
この日、虫小屋ではどんどんチョウアカが羽化していたが、カラシ色系で最も暗い色の個体が見付かった。(6/7)
はっきり最近のデータは取っていないが1978年から48年間累代していて、カラシ色系はおそらく2-3割だと思う。その中でもこれくらいの暗い色の個体は珍しい。
こんな感じのオレンジ系が7-8割である。(6/7)
小屋の中で翅の表を観察できることは少ないが、たまたまネットに止まって開翅した個体がいたので撮影できた。♀はこういう個体が多い。(6/7)
早いもので産卵が始まった。(6/7)
これは産み終わってから移動する♀らしい。(6/7)
そろそろ山荘ではクガイソウの花穂が色づいてきた。(6/10)
昨年同様、クララの花穂は最初はいいのだが、少し経つとチリチリになってくる。これは気温のせいなのか、土質のせいなのか毎年のことで、困ったものである。(6/10)
タムラソウを増やそうと思って、冷蔵庫の中にしまってあった3年前の種子をセルポットに蒔いてみたら、1/3くらいは芽が出てきた。植物は強い。(6/10)
虫小屋のチョウアカも傷んだものが増えてきた。これは前翅裏面中央にしっかりオレンジ色の領域が浮かび上がって綺麗である(6/10)
実は、この頃熊出没の報道が極めて多かったこと、さらに熊が繁殖期に入ってきたこともあり、5月後半から蕃山登山は休止していた。
然し、そのままだとどうしても運動不足になってしまうので、山荘から自転車を持ってきて、標高差130m(往復5.4km)を往復するトレーニングサイクリングを開始した。6段変速の電動アシストなしだと登りはかなり厳しい。なんだかんだで往復32分くらいかかってしまった。平均心拍数122,最大心拍数155だから、下りはほとんど負荷なしであることを考えると登りは相当厳しいトレーニングである。当面はこれを続けて熊の繁殖期がすぎるのを待とう。
2週間遅れで山荘のチョウアカが羽化してきた。さっぱりでてこないので心配していたが、安心した。
山荘で羽化したカラシ色系個体。餌が豊富なため、虫小屋に比べるとサイズが一回り大きい。(6/16)
これは山荘のオレンジ系。やっぱりデカい。(6/16)
この晩は山荘の風呂のボイラーの調子がおかしいので確認のため泊まりになった。平日なので、自宅から惣菜を持ち込んだ。これに焼肉を少し追加した。(6/16)
6月も下旬にはいって山荘でもチョウアカの産卵が始まった。昨年は産卵数が足りなかったので、原産地からの越冬卵も追加導入した。この調子だと今年はそれが必要なさそうだ。
これだけ大きい卵塊は久しぶり。虫小屋のトネリコは鉢植えなので樹径が小さい。だから、余り大きな卵塊をみることが少なかったと思う。(6/24)
この日はリンナイから業者が来てくれて、壊れた温泉ボイラーの点検、修理をやってくれた。
中を調べるとあっという間に原因を解明。水流センサーの不具合と分かり、交換することになった。(6/24)
これは壊れた水流センサーを外したところ。単純泉とはいえ、温泉水なのでミネラル豊富で沈殿物が付着してしまうとのことである。上のほうに白い粉が見える。(6/24)
結局、出張料、技術料、部品代などで2.5万円かかったが、4年持ったのでよしとしよう。
山荘では庭の竹笹を刈り込んだので植えておいたシモツケが元気を出してきて大量の花が咲いた。(6/24)
午後、梅雨の中休みで晴れたので山形にホシミスジを観察に行く。
何時もの水神様にお参りした。(6/24)
シモツケの花は終わり気味だったので時期は遅かったかもしれない。(6/24)
♂は1頭ゲット確認放蝶、♀らしき個体を崖のたかい場所で目視したが、ネットインできず確認は出来なかった。
山荘に戻ると満開の栗の花が滝のようだった。(6/24)
近くの田圃脇では花菖蒲が満開で思わず写真を撮った。(6/24)
山荘のクララ花穂は既にチリチリだが、夕方自宅のクララを見ると綺麗に花が咲いていた。日当たりがよくないのがいいのか、土質がいいのか分からないが、毎年種子はこの株からしか取れていない。(6/24)
6月最終週末は、M氏の運転する車で陸中方面にH氏とともにミスジ系の調査に出掛けた。台風が2つ接近しているので本州で晴れているのは陸中くらいしかなかったこともある。
何時ものポイントを見て回る途中、道路脇にクガイソウを発見。
こんな感じで生えている。注意していないと車では見過ごしてしまうところだ。(6/27)
早速H氏と一緒に引っこ抜く。ちょっと前まで雨が降っていたことと、斜面に生えていることで比較的簡単に引っこ抜けた。
結構な株数を車に積み込んだ。(6/27)
各ポイントでホシミスジは見られたが、フタスジは数頭のみだった。それよりは、どこでも大発生したテングチョウがすごかった。ところによっては、地面が黒くなるほど密集していて、人生初の景観だった。地域のエノキが全部坊主になってもおいつかないくらいの数がいた。
近寄って、大分飛び去ったあとでこんな感じ。廻りが薄暗くなるんじゃないかと思うくらい飛び立ったテングチョウに囲まれる不思議な体験だった。(6/27)
この辺の蕗はかなり大きい。北海道の蕗と同種なのかどうかは分からないが葉の直径は1mくらいありそうなものがある。(6/27)
羽化したてのヒオドシチョウが非常に綺麗だった。(6/27)
結局、20時すぎに戻ったが、やっぱり陸中は遠い。
山荘ではクガイソウが満開になった。草取りをして雑草を排除した。(6/27)
心配していた山荘のクララの花穂は結局昨年同様、芯だけになってしまった。今年はオオルリの累代飼育の機会がなかったが、毎年こうだと矢張り餌には使えそうもない。(6/27)
本日早朝、ワールドカップサッカーで日本はブラジルに惜敗した。成長はしているが勝つためにはもう一歩の工夫と成長が必要だと感じた。それでも、過去最強のチームを育てた森保監督と全力を尽くした選手にはエールを送りたい。
早く、ホルムズ海峡を普通に通過できるようになること、中東以外からも原油を買い付けることを期待したい。




































































