朝倉 將之のブログ “ 未来へつづく ”

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~ 新たな人生を創るためのエッセンス ~

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久しぶりの更新。

ここ最近、急に母親の口癖が気になり嫌で仕方なかった。それは、こちらから何か話しかけたり質問すると、「違う違う」って言い出す。
おそらく子供の頃からずっと言っていたのだろうけど、これまで全く気にならなかったのが、急に気になりだした。最初は「やめてくれ」と言っていたのだが一向に変わらない。

その理由がようやく腑に落ちた。それは自分自身が否定することを否定していたからだ。否定や批判することを嫌っていたのだ。それを母親を通して見せられていたんだ。自分が意識していることを経験していたんだ。

先日、鍼の師匠がfacebookに投稿されていた内容に通じる。「私たちは、成長すればするほど、他人の長所が見えてくるらしい…」
他人や出来事に対して、否定や批判をすることを否定していた自分がいたんだが、それは受け入れていなかったんだ。否定することはジャッジしている。良いも悪いもない。全てにおいて、「あるがまま」を受け入れることが、他人の長所しか見えないということだろう。

頭では理解していた事だが、急に腑に落ちて、なんだかすごい楽になった。世界の見え方が変わった。他人の長所も短所もなく、物事に良いも悪いもなく、全ては必要な時に必要な物事が起きているってこと。

そのことが腑に落ちて以来、母親の口癖であった「違う違う」が言っていないのか、不思議と気にならない。やはりこの世界は、自分自身が創っているらしいです‼︎
今年に入って、私の夕食は家で食べるときは、お雑煮をずっと食べている。意図的にそうしてる訳ではなく、食べたい物がお雑煮なのだ。白菜、人参、大根、里芋、椎茸、エノキなど…もちろん餅入れて。これが最高に美味しい!肉や魚は食べたいと思わない。たまに食べる時もあるが、美味しいと感じない。

昨年に行った2度目の断食からだ。1度目は自ら一週間行ったが、その半年後2度目は強制的に食べられない病気になった。その後、それまで気にしていた食べる物に気をつけていない。体が何を欲しがっているかを聞いて、食べたい物を食べたい時に食べる。

味覚が明らかに変わり、敏感になった。お雑煮の野菜が、いつもの場所で買ったものではなく、スーパーで買ったものになっていると、聞かなくても味ですぐにわかる。農薬を多く使っているとまずいのだ。あと、パンやうどんなど小麦粉を使った物も味がしない。というか食べても満足感がゼロなのだ。

他にも上げればキリが無いが、以前は美味しいと思って食べていたものの大半が美味しくない。
どうしてこうなったかというと、脳が欲しがる食べ物から、腸が欲しがる食べ物に変わったからだ。これは、まだ証明はされていないが、情熱大陸に出ていた腸内細菌の研究者も同じように考えていた。

体に良いから野菜を食べなければ、という思考ではなく、食べたいものが野菜なのだ。菜食主義というものではない。ただ食べたい物を食べたいだけ。なのでテレビでグルメ番組を見てもトキメカない。外食したいと思わない。付き合いで変な油を使った店に行くと、必ず下痢をする。

他にも食事が変わって感じること。
〈脳が欲しがる食べ物を食べた後に感じること〉
・物凄い睡魔に襲われる
・胃が重い
・便秘になる
・太る
・お腹が空く
・空腹を我慢出来ない
など

腸が欲しがる食べ物はこれらがない。他にもいろんな反応の違いがあるが、これからも、自分の体が欲しがる食べ物と反応を楽しみながら確認していく!
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“ Don't think. Feel. (考えるな 感じろ)”

ブルースリーの有名な言葉である。
これは、私たちに最も当てはまる言葉でもある。
そして、こんな言葉がある。

“最も深刻な病気は、自分の身体に無頓着なことである”

身体に無頓着とは、自分の身体の状態を“感じる”ことが出来ないことである。多くの人は、自分は身体の微妙な変化を感じることが出来ない。昨日の状態と今日の状態は同じではない。しかし、毎日の日常生活に追われて、身体の変化を気にもとめない人がほとんどである。

そして、現代人が身体の変化を感じることが出来ない大きな要因が「食べ過ぎ」である。
これは断食をするとよくわかる。断食をすると、身体の機能が停止してくることがわかる。思考が停止してくると、身体の感覚が敏感になってくる。そうすると、これまで感じられなかった感覚を覚える。聴覚・嗅覚・触覚・味覚・視覚の五感が冴えてくると、第六感というものがわかり出す。

第六感というのは、もともと誰にでも備わっている感覚だ。しかし、この物質世界にどっぷり浸かって感じることを忘れてしまうことで、第六感を感じることが出来ない。感じていたとしてもそれに意識を置いていない。本当は、私たちが生きていく上で最も大切な感覚が第六感なのである。

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「美しさとは」とはどういうものか!
最近、ふとそんな事を思う。そして美しいことや行いや振る舞い、物や自然に敏感になっている。美しさの基準は人それぞれ違うだろう。私は毎朝、朝陽を浴びながらの犬との散歩をしていますが、その朝陽の美しさとは格別なものです。でも、そんな朝陽も人によっては眩しいだけで美しさを感じることも無いだろう。

外のもの、見ているものが美しいのではなく、自分自身の内が美しいと感じるものである。自分自身の内の世界が、現実世界を美しくするのである。自分の心がスッキリと整理されていれば、自分の周囲もスッキリとした環境になるだろう。自分の心が何かに執着していれば、自分の周囲の物が捨てられなかったりするだろう。

「美しくある」ということは、豪華にすることでも着飾ることでもない。見た目だけ着飾った人を見ても美しいとは感じない。その人その物の内から出ているものが美しいのである。だから、綺麗と美しいとは違うのである。
アンチエイジングと言って美容に一生懸命な人も多いが、人工的にシワを無くした顔は綺麗であっても美しいとは感じない。でも、歳を重ねてシワが刻まれた笑顔はとても美しい。

「美しさとは」という言葉から私が感じるキーワードは、シンプル、ナチュラル、温かさ、穏やかさ、調和…
こんな感覚を美しいと感じる。今の自分自身の在り方がこうなのであろう。だから、この感覚と違うことには違和感や不快感を感じる。波動があっていないからだ。
自分自身が美しいと感じることが、今の自分を表している。もう一度自分の周囲を見渡してみると、いろんな気づきが見えてくるかもしれない。

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昨日は、半田にある「パーミスト りん」のりんさんに手相をみていただきました。りんさんには毎年手相をみていただいているのですが、去年から大きく手相が変わりました。それは自分の生き方が変わり、手相にはちゃんと現れるんだと改めて感じました。

手相と一口に言ってもいろいろあると思いますが、りんさんは手相占いというレベルではなく、その人の本質と現実とを照らし合わせ、進むべき道へと光を照らしていただける存在です。

しかし、光の道へと進んで行くには、まず自分自身の闇の部分を認め受け入れないといけません。それは人によっては、すごく辛いことです。今まで無意識に自分自身で蓋をし、見ないでいた部分を見ることになるのですから。闇を認め受け入れ、そんな自分を許し愛することで光の道へと進んで行けるのです。

光の道とは、あなたの本質と共に生きることです。これまで現実世界の競争や損得、嫉妬や妬み執着などを手放し、あるがままの自分を生きることです。光の道を生きていることの指標とは、何の迷いも無くなることです。そして、ワクワクした感情が湧いてくることです。

自分の本質を現実世界に具現化する。「どうしたらいいのか」から「どうあるか」ということ。
様々な迷いのある方は、りんさんに会いに行ってみたらいかがですか?そして、自分の本質を生きる光の道へと進んで行きましょう!