巷で流行っている 「交ぜ書き熟語」 を活用して、エントリしてみます。
さい近の新ぶんが読みにくくて困わくしています。ひらがな混じりひょう記が非じょうに読みにくいのです。どうやらその正たいとは交ぜ書きじゅく語なるしろ物のようです。日ほん語の「かん字+かな」で名しをめい記するほう法ですが、かん字か名交じりひょう記 (自りつ語やがい念の多くをかん字によって付ぞく語やかつ用ご尾の多くをか名によって記す、といったかき分け) をむ視しているように感じます。むつしいことわりはよくはぞんじませんがよみにくいということだけははっきりとしています。近ごろよく目につくのが”子ども手当て”ですが、”子供”を敢えて”子ども”と書きかえることにいかばかりのり由があるというのでしょうか。
”日ほんじんがら致された”
えっ?
”にほんじんがら いたされた” ?
ああ、”拉致” なのね、といった読みちがいがよくはっ生するのです。
これはまぜがきじゅく語としょうしょう違いますが、かん字をかん単な文じへ書きかえるという行いもはやっているようでございます。ちょ者名で検さくしようときのくに屋しょ店で検さくを試みたのですがちゅう出されない図しょがありました。り由を問い合わせてみますととり次(本のとん屋)のデータにい拠しており、取次の著者データは新かん字をげん則にちょ者めいをとう録しているとのことでした。”ひらがなで検さくすればもん題ない” と言われましても、ひらがなだと絞りきれないケースもでて不べんです。
しかも”芥川龍之介”でも”芥川竜之介”でもヒットするちょ者がいる一方で、”中條高徳”のケースでは ”中条”でないとヒットしないということになっています。”お客さまからご指てきを頂くつ度、とり次にへん更をい頼しているし第でございます。”との弁でしたが、これについてはかい善していません。なんともふ便な検さくしすてむです。そういう無すいなインターネットしょ店があるかと思えば、どちらでも検さくできるしょ店もそん在し、げん在はふ通に検さくできるインターネットしょ店をり用するようになりました。文じのかきかえはきっとよみやすいようにしようとする配りょだと主張するのでしょうけど、人の名まえをかっ手に書きかえるとは失れい千ばんきわまりないしょ行です。
まぜがきじゅく語のじ例を列きょしようとじ例を書きためておりましたが優にひゃくを超えるじ態となってしまいました。かけどもかけどもむ数に出てまりましてきりがありません。そこで今かいはれい文をのせるのをはぶきます。
まぜがきじゅく語にしろかん字をやさしく書きかえることにしろおおきなおせ話でございます。かえって不べんやご解が増えているような気もいたします。
おさないじ分むつかしい本をよめ新しい語いを覚えたのはルビによるおん恵でした。しょう学せいでもルビさえふってあればしょうしょうむつかしくてもよめてしまいます。これもしょう力化の影きょうなのでしょうか。あるいはべつの思わくがあってのことでしょうか。に本のみ来が表に危ぐされ暗たんたる気ぶんにさせられます。ああ交ぜ書きうっ陶しいです。
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自分で記していても、嗚呼、鬱陶しい!(笑)。
毎日読んでいる新聞は、内容が偏向している上に、こういう鬱陶しさを感じながら読んでいます。なんとも苦行のような心持ちです。




