「カエサルやキケロもひとつの意味にしか解釈できない言葉を選んでいる。カエサルは議場で、キケロならば法廷などで、相手に話して理解させることが前提だからだ。


しかしタキトゥスやセネカあたりになると、何通りもの意味に解釈できる言葉を使っている。著作を読んで理解してもらうことが前提だからだ。


私も編集者から 『名文とはわかりやすい文章のことだ』 と教えられたことがあり、以来それを心がけている」


「ローマ人の物語」作家 塩野七生