ROLAのYOUTUBEを観ながらいろいろ考えさせられた。
我が家には、犬と猫がいる。
人間の勝手な欲によって生み出され、命の値段を下げられ続けている子達。
母は、そんな子たちを見て、「可哀想だ」と言い積極的に引き取ってきた。
その中でも、いい加減な主人に心を傷つけられ、人間恐怖症になってしまった子がいた。
初めて来たときのことを今でも覚えているが、目を合わせると
「人間なんて信じない」
そんな目をしていて、私はしばらく近寄るのが怖かった。
幸い、うちに古くからいる子達と仲良くなり、その子達を通して、心を許してくれるようになり、嬉しいことや美味しいものを食べると笑顔を見せることもあった。
動物同士で、「ここの家は安全だよ!」なんて会話でもしていたのだろうか。
しかし、たった一つだけ忘れられないことがあった。
家においてあった木の棒を持って、何かを取ろうと、その棒を高く上げた瞬間に、今まで聞いたことのない悲鳴のような声をその子は上げた。
その声にびっくりし、棒を下げて近よってもしばらく吠え続け、どうしたものかと考えていると、横で母親が言ったのは
「この子、きっとこうやって前の飼い主に叩かれてきたんだと思う…」と涙を流していた。
トラウマがあるのは人間だけではない。
感情は人間だけが持つもの…と思われがちだが、人間以外だって感情は持っている。
棄てられた記憶。
叩かれた記憶。
暴言を吐かれ傷ついた記憶。
簡単には忘れることができない。
当たり前ですよね。
保健所にいる子達は、どんな気持ちで過ごしているのだろう。
成長をしてしまい、命の価値を下げられた子たちは、どんな気持ちで私達を見ているのだろう。
置き換えて考えてみると、人間以外だからって「命」の重さは変わらない。
私は、ペットショップの前を通ると吐きそうにもなる。
「命」で商売をすることに憤りさえ感じる。
日本はまだまだ、自分のことしか考えていな人が多い。だからこんな商売が成り立つのだ。
人間以外の動物に対してもっと関心を持ちませんか?
関心をもてば世の中もっと良い方に変わっていく気がするのだけど…。
ROLAの涙ながらに訴える動画に、こうした考えの人がもっと増えてほしいと切に感じました。
ちなみにうちの母は、近所のショップで大型犬の値段が下げられていくのを見て、
「家は受け入れることがもうできないから、なんとかならない?」
と涙ながらに電話をしてきたことがあった。
毎日のようにお店に行っては、窓越しに様子を見に行っていた。
また、近所にいた大型犬が、犬の小屋もなく雨でも外に出されていることに対して、いても立ってもいられず、そこのお家の方に、
「雨の日は、なるべく室内に入れてあげてください。小屋がなければ、うちに使わないのがあるので使ってください。」
とおせっかいを焼いたそうだ。
でも、私はそんな母が嫌いではない。
こんな母に育てられてよかったな…とつくづく思う。
命の重さや尊さを身をもって教えてくれた母には感謝。
だからこそ、わたしもこうして保育の現場で、命の大切さと向かいあいながら…仕事ができている気がする。