飛鳥観光
を終えた私は、長屋sama(長屋王)縁の地に向かいます![]()
のんびり電車の旅です![]()
飛鳥
↓
橿原神宮前
↓
田原本
西田原本
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新王寺
王子
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平群(へぐり)
本当は大和西大寺に戻って生駒経由で向かうルートもあるのですが、
どうせなら通っていないところを通ってみたいなと思って![]()
ものすごーくのどかでした。
電車の中も、そして目的地である平群という街も。
平群について、とりあえず帰りの時間だけ確認し、駅を出たのですが、
誰もいないΣ(・ω・;|||
人がいないの。。。
ぜーんぜんいないの。。。
ガイドブックには掲載のないところだったため、あらかじめネットで地図を出してプリントアウトしましたが、
『こちら→』みたいな案内はあるものの、
普通の田舎町で、本当にこっちでいいのかしらと不安になるも、
人とすれ違いもしないので、血眼になって地図をがん見しながら信じた道をただ進んでみました。
と。
もしやあれ!?
長屋王のお墓
民家に近いΣ(・ω・ノ)ノ!
住宅街に、公園のようにあるんです。
森が小さいから後ろの民家の屋根とか見えてしまうレベル。
もちろん碑はありますけど。
おじいちゃまの天武天皇のお墓に行くときはずいぶん山道のぼったのですが、
そうね、天皇になれなかったし、
というか、一応罪人とされているし、
むしろお墓があることすら奇跡なのかな。。。
なんでしょうね、後ろめたさがあったんでしょうかね、お墓ができてるって。
ちょっとこの辺りは謎ですけど、私は信じています。
ここに長屋王がいるって。
石舞台古墳にしてもそうですけど、
つまらないんだもの。
むかしのことだから、真相は不明だなんて言ってしまうと、
おもしろくないじゃない。
長屋王のお墓だって信じたほうが、テンションあがるでしょ。
あがりまくりですよ![]()
いかなる旅も自分から楽しまないと損です![]()
ある程度予想はしていましたが、それを超えるこじんまり感に少々驚きながらも
そこからほんの数分のところにあるこちらへ↓
吉備内親王のお墓
やはり、内親王である分、長屋王より立派で、うまく写真におさまりませんでした。
ちょっと高台だし。
見上げる感じです。
以下の2つの碑の吉備内親王にかかる文言です。
『岡宮天皇皇女』
とあります。
岡宮天皇とは天武持統の愛息で天皇になることなく亡くなった草壁皇子のこと。
確かに吉備内親王は草壁皇子の娘です。
でも実際に母親である元明天皇は正真正銘天皇だったのに、
元明天皇皇女とは書かれないのですね。
『天武天皇孫長屋王妃』
とあります。
これを読んだとき、なんだか少し心が温まりました。
だって吉備内親王自体が天武天皇の孫なのだから、そこで終わってもいいようなものを、
わざわざ長屋王妃ってつけてるんだもん。
私の勝手な妄想ですが、こちらの表現の方が吉備内親王はうれしいんじゃないのかな。
彼女が命を落とされた原因を考えると、
単に『天武天皇孫』とか『岡宮天皇皇女』とするよりも、
『長屋王妃』
という方がしっくりくる。
もちろん、身分的なものを考えれば長屋王と違ってれっきとした内親王様なのですから、
だからこそ、このような立派なお墓が残されているわけで、
表現として皇女と入れる必要もあるのかも知れませんけれど。。
なぜこのふたつの碑の表現が異なっているのか何か理由があるのであれば知りたいです。
それにしても、
長屋王のお墓からは本当にすぐ近く。
でもそのわずかな距離がもどかしい。
吉備内親王のおじいちゃまおばあちゃまである天武持統はいっしょのお墓ですもん、
このふたりだって・・・
少々センチメンタルな気分ですが、行ってよかったです。
穏やかな素敵な場所でした。
さて、お次も長屋王縁の場所です。
平群
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王子
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平城山(ならやま)
ここもまた、ガイドブックには載っていない場所なのですが、
ネットで調べたら駅のロータリーにあるって載ってたんだけど・・・ないなぁ![]()
しばらくぐるぐる探していると、
こんなところに!?という感じで、
自転車置き場の脇にありました![]()
佐保過ぎて
寧楽の手向けに
置く幣は
妹を目離れず
相見しめとそ
長屋王の歌は万葉集の中に5首残っていますが、
この歌が一番好き。
佐保(地名)を過ぎて、奈良山手向に置く幣(供え物)は、妹(万葉集で”いも”ときたら、妻あるいは恋人ですね。テストによく出ますね。)と片時も離れず会っていたいと願うかならなのです。
高貴な身分の時のプリンスなわけですが、
なんとも情深く、人間的な歌だわと。
妻がどの妻を指すかは長屋王にしかわからないのだけれど、
私は吉備内親王だと信じている。
意外と愛人かもしれないけどね![]()
ほっこり、心地よい気分で、
さて、次は、元明、元正両女帝のお墓に・・・・・・・・
と思っていたのですが、予想以上の暑さにやられてしまって、
少々早いのですが、待ち合わせ場所の京都に向かうことにしました。
ローマのコロッセオ、
フランスのヴェルサイユ宮殿、
ザルツブルクのモーツアルトの生家、
バルセロナのサグラダファミリア、
デンマークのクロンボー城、
チュニジアのカルタゴ遺跡、
そして、学生時代にさんざん本を読み、レポ書いたベルリンという都市、
歴史や文化を感じさせるところには何度か足を運んではおりますが、
やはり奈良・飛鳥の地は私にとってはそれらの地とは全く異なる意味を持つところなんだなと実感しました。
平城宮跡で木簡に出会ったときは、
ベルリンに降り立ったときと同じようなハイテンションだったのですが、
この日の私、心って、こんなにも穏やかに躍ることがあるんだなって思いました。
ワルツほど優雅ではなくって、
民謡?民謡で踊る感じ??
正直、こんなに行ってよかったと思う場所であるものの、また行くかどうかというとわからないのですが、
行ったらきっと優しい田園風景が私の心を穏やかにしてくれることでしょう。
そうしてくれることを信じてやみません。






