最後のオケリハ、情熱のこと | アマヤドリ

最後のオケリハ、情熱のこと

リハーサルも最終段階に入り、オーケストラが加わる。
歌だけでもぞわぞわしていたのに、あれだけの音が加わると空気がびーんと重くて張っている感じがする。
小さな雷が起きそう。
頭のうしろのほうにまで鳥肌を立てながら舞台の後ろで待っている私たちを、夜の森にいる小さな動物みたいだなあと思う。

振付家のマリア・クリスティーナさんに、ごくごく基本的なダメだしを受ける。
この状況に於いて問題となっている部分は自分たちではいかんともしがたいのですが…という気持ちがなくはないのだけれど、でもマリアさんがおっしゃることはまるで初心のダンサーが言われるようなことだったのでこれはまずいなぁ、と恥ずかしくなる。
理由は関係ないもの。過程だって。
どう見えるか、に目を向けるのが遅かったのではないか?
私たちはオペラは初めてだけれどプロとしてここにいるんだものね。
お客さんに最高のものを見てもらわなきゃ。
今日も含めてまだ修正はできるし、このメンバーなら大丈夫なはず。
頑張る。

昨日夜中にロストロポーヴィチのドキュメンタリーを見た。
何の気なしに見たのだけれど、奥さんがオペラ歌手でそちらへの焦点もかなり強かった。
ロストロポーヴィチのチェロにもあっぷあっぷするくらい魅せられたんだけど、奥さんの奥深くたぎるように情熱的で、でも哀しんでいるようなやさしい色の瞳からも目を離せなくなった。

なにかをからだや頭の外に生み出したい、かたちにしたい、…けれど具体的にならない、ということの理由が少し分かった気がする。