拾いに潜る | アマヤドリ

拾いに潜る

おかしなことに、私の中のある部分はどんどん不器用になってゆくなぁと思う。
生きていることにもうだいぶ慣れたはずだし少しは経験も積んできた。
だからものごとは簡単になっていってもいい筈なのに、何故か。
相変わらず自分が欲することも自分がどちらにゆさ振られているか、振り切れるのはどこかもわからないし、いろんなことが雑音のように不透明。
明度ゼロの沼の表面に世界が映っていてそれをわたしだ、と勘違いしているのじゃないかとときどき思う。
掬いあげても知らないことばかりひっかかってくる。

いつか、
私は周囲に対して本気で接するのをやめた。
はっきりとその瞬間を覚えている。
日常のあるときに。
テレビや本で痛かったり恐かったりする場面から受ける痛さや恐さにおびやかされるのがいやになった。
これは私の痛みじゃない。
これは私の恐怖でもない。
なのにすごく痛いし恐い。どきどきする。
叫びたいくらい。叫ばないと破裂しそう。けれどこれは私の叫びじゃない。

だからひとまず、自分と周囲のあいだにスペースをおいて、そこで処理することにしよう。
切り離すべきことはここで、私に直接触れないようにできる。

もしかして、変なことをしてしまったのかな、とときどき考える。
だってたぶん私はホラー映画かなにかを見ていただけなのだ。
そのとき楽をしたかっただけ。

痛さや恐さから逃げられた代わりに他の大事な感触からも遠ざかったのではないか、と考えてしまう。

まあでもきっとどうしてもそうしたかったのだから仕方がない。
仕方がないけど、やっぱりぎこちない自分をときどき発見する。

それともそういう呪縛をかけただけ…?