4:34 | アマヤドリ

4:34

少しなにもかもが苦しいなあと思う時期があって(もうずっと前のはなし)、その時は誰かにそのことを話す元気もなかった。
誰かに逢いたいから誘われれば約束をするのだけれど直前になってやっぱりからだが向かなくなってしまう。はっきりとそう意識したわけではなかったけれどきっと今考えるとそんな状態。
そんなふうに約束をちいさく破ってゆくうちにぎざぎざがこころに積もりいろんなことから、ところから、足が遠のいた。
淋しいと気づいてもそれをあたためるために誰かと接する労力のほうが重荷のような気がした。
夏のおわりの空みたいにどんどん遠ざかってゆくのを眺めて、淋しいと思えるから大丈夫だと思っていた。
いろんなことが過ぎたときにふと、何年も逢っていなかった友達とご飯を食べた。
長いことちゃんとひとと話していなかったから上手に話せなかったしつっかえつっかえ、訂正を重ねながら、けれどどうしてかこころの一番やわらかいところで話した。
ずっとちゃんと連絡もとれなかったこと、どうしても何かをいう元気がなかったこと、それを弁解する気力もなかったこと。
けれど友達は、そんなこと、と笑い飛ばした。すごく久しぶりだけど私たち何か変わった?と。あなたがごちゃごちゃ悩んでいた時間、私だって何も変わらなかったわけじゃない。私にだってつらくて何も話したくないときがある。メールの返事すらできないようなどんよりした空気に浸かってしまうことがあることも知ってる。そんなことも想像できなかったの?
そのとき私は、私が信じていなかったのは自分のことじゃなくて自分の周りの世界のことだったんだなあ、そしてそのことによって、自分を信じることを邪魔していたんだなあ、と、固めていた時間にごめんなさいを言った。

信じるって難しいと思う。
だって何を根拠に?
信じるってなにか理由がなければいけない?
でも本当にしたいのは、理由もなくこころを預けたいというだけのこと。
けれどどうしてもそこに、なにかを求めてしまう。
はじめから矛盾がある。
生まれたと同時に自分とひととは隔てられていてその差異を感じることによってしか自分のことが分からない。
自分がほんとうにここに立っているということを知らなければきっと、ひととの距離もわからない。
私に積み重なった時間のことを見つめることができなければ、ひとが積み重ねてきたことも尊重できない。
矛盾も、同列も、いっしょくたに存在する。
怖いのは臆病だからじゃなくて大切にしたいから。
壁をつくるのは壁を壊したいから。かもしれない。わからないけど。
きっといちど分けないと始まらないんだわ。
だから孤独には意味がある。相手がいなかったら、孤独は成り立たない。
だから信じないがなかったら、信じるも深まらない。
私のなかは矛盾だらけで、その矛盾同士も混沌と入り混じってる。
同時に存在するから一瞬の判断を求められるし、ほとんどの場合それがうまくいかなくて引き裂かれる気がしていた。
けれどそれでいいんだとおもう。
白黒つけずに灰色でいい、というのともちがう。
白であり、黒であればいい。
その都度その理不尽さを苦しめばいいのかもしれない。
ぽかんとそのことが解決することなんてないかもしれない。きっと、忘れたころにまた苦しむ。
けれどたくさんのことを感じて、幸せなのもきついことも、気づきたくなかったことも、そうしたらいつのまにか螺旋階段を上がるみたいに、眺められるのかもしれない。
手に何かを握って。