集合、わらじでてくてく | アマヤドリ

集合、わらじでてくてく


中目黒のまるでおうちみたいにゆっくりできるお店で踊り仲間とご飯。

一緒に踊るようになってから3年半。
公演のときにしかなかなか集まれないとはいえ、稽古期間がそんなに短くはないのでかえって顔を合わせないと落ち着かないくらい、なじんでしまったなあと思う。
前回の舞台では別の作品を踊ったからあまり話もできなくて、実は私はとっても寂しかった。
さみしかったんだよー!

2人の踊ることに対する姿勢をすごいなあと思っているから、踊りのことでもやもやしているときにはうまく話すことができなかったあれこれを、埋めるようにぽつぽつと話した。
ほんとうはもっとたくさん話を聞きたかったし話をしたかった気もするけれど、一緒にいたことで満足してしまった。

逢ってみたいなあと思っていたひとにも会えたし。

私の周りには私よりも少し年下の友達が多い。
それぞれがそれぞれの局面を迎えながらぐんと、その先が広がっているように思える。なんだか強く輝こうとしているひとが多くて、ああ、いいことだな、としみじみ思う。
その年の時私はこうだったなあとか、今大変でも何年かしたらきっと大丈夫になるよとか、もちろんひとそれぞれだから「こうしたらいいよ」という種類のことは簡単には言えない。
けれど「その状態ならきっと悪いようにはならないし、それはそんなに未来のことではない」という確信を持ったり、できるようになった気がする。
お姉さんぶるつもりはないし私はひとより随分と苦労を知らないのでなおさら自分は何にも知らないのだ、と言い聞かせて毎日を過ごしているつもりだけれど、でもやっぱりちょっとだけ昔よりも、いろんなことのみちすじを読めるようになったのかもしれないとも思う。
経験の知恵やひらめきというよりは、統計に近いのかも。
だって不思議なくらい、パターンってあるのだ。
…とはいってもひとはほんとうにそれぞれだし、そこに当てはめようとして考えたり話したりはしないようにと心がけているけれど。

それに「大丈夫だよ」というその確信には私の願いや祈りもたくさん含まれていることだし。


鈴虫寺のお守りをもらった。
このお寺のお地蔵さんはわらじを履いていて、だからてくてく歩いて願い事をかなえてくれるんだって。
なにを願おうかな。
ひとつだけ、いちばん大切な、地道なお願い。



夏にはam.pmも帰ってくるし!
みんなで遊ぼうね。