『モモ』/ミヒャエル・エンデ | アマヤドリ

『モモ』/ミヒャエル・エンデ

もう何回も読んでいるのだけれどもう一度『モモ』を読んだ。
男の子だったらコナン(未来少年の方)、女の子だったらモモになりたかった。

時間泥棒からみんなのたいせつなときを守るお話なのだけれど、私が一番好きなのは、モモが自分の時間と対面するところ。
この部分は奇跡のような風景。
きらきらとひかりがふりそそぐ音も、そのぬくみも、あでやかな花のかおりも、まぶしい乱反射も、全部が私をとりかこむ。
呼吸をしながらなんども瞬きをしてその花を見つめているのがモモなのか、自分なのか、わからなくなる。
景色を想像できる描写はたくさんあるしこころの奥を震わせる描写はいくつもあるけれど、こんなふうにまるごとを生々しいほどに包む体験ってそうそうない気がする。
しかも苦しさやかなしみじゃなくて幸福感で、だなんて。
『はてしない物語』もそうだったけれど、まるで読者が主人公のひとみの中の水晶体のなかから彼や彼女の見るものを見ているかのような感覚。
扉を開けたら奔流にのまれるように、その感覚が襲ってくる。
もう息ができないくらいに。
けれどぱあっとそこをすぐ抜けて風と光みたいなものに触れて…って、なんだか生まれてくるときみたい。

こころに沸き起こるたくさんの矛盾や謎も、なんてことなく、しるしてあった。
じぶんの存在のようなものを別の方向から気づくような瞬間があった。



文学の使命は啓蒙ではなく、治癒である
~ミヒャエル・エンデ


モモ―時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語