恵比寿づいてる | アマヤドリ

恵比寿づいてる


友達と逢った。
ドイツに行く決心をした時、ふわりとそこに抱き込むようなあたたかさと、ただそこに迷いにだけいくのではないという道すじをくれたひと。

ただ楽しくお話をしているのにいつも、いちばん真剣なところに降りていっている。
おもてむきにあらわれる部分は一見毛色が違うのだけれど、たぶんその根が吸い込む水場は近い。
彼女がゆるしてくれることで私はもうひと呼吸、枝を潤す。
彼女の脈をたどることで私はわたしのなかのぶれを正し、真っすぐに立ちたいと思う。

友達と話していると、こんなにも私のなかに抱えているものは漠然としているのだなぁと感じる。
少しはかたちにできるようになってきていると思い込んでいたけれどまだまだ。
抱えているものが大きいから表せないのならばまだいい。
でもそうじゃないみたい。
漠然としか吸い込んでいないんだと思う。
何となく鏡に映してみた、というだけ。
焼き付けるところまでいっていない。

ひとのことばを借りたりせず差し出せるようになりたい。
揺れたらすぐにそれと気付いて立ち止まれる鋭敏さも。
鈍感なんだ。気付くことにもだし、すでに気付いていることがらを認識することにも。


なんか堅苦しい会合だったみたいに書いちゃったけど全然そんなふうではない。
かえりみるのはまた手をのばすため。


南の国の、大きな二段ベッドみたいなお店の、美味しい時間。