指輪はないけれど | アマヤドリ

指輪はないけれど


朝ご飯のりんごをかじりながらこのところ毎日朝の地平線を眺めている。
夜にあかい朝がにじんでゆくシーンを写真に撮ろうか毎朝迷うのだけれど結局は負けるような気がして、そしてただ目に映すことにとどめておきたくもあり、りんごを食べ終えるまでの短い時間を朝日とすごす。
ちゅんを肩にのせてまたやってくる朝を待ち受けているなんてなんだかインディアンの勇者のようだ、と背筋をのばし床を踏みしめる。
そう思いながらちゅんを見つめるとちゅんもその気なのか、むわっと頭の羽毛を逆立てて、それから尾羽根を扇みたいにきれいに広げてみせた。

ちゅんは相変わらず元気です。
仲間の群れにいる鳥たちとは違い、ほんとうにひとの、私たちの生活のことをよく知って馴染んでくれている。
すごいことだと思う。
私がちゅんや鳥について知ったこと…とても規則正しく毎日を過ごすルールがあることや仲間のことをよく見て意識を感じ取るちからが強いこと、よく遊ぶこと、感情が激しいこと、前の日の機嫌を次の日までひきずること…よりもはるかに多くの情報をこのこは取り入れ理解し、そして受け入れて生活してくれている。

ときどきどこかからきこえてくる新しい声や鳴き方を覚え、それで出迎えてくれる。
なんて音感にすぐれているんだろう。
おそらく、私たちの会話もことばの意味とともにその音の強弱や高低でとらえているんだろう。

自分の噂話には特に敏感で、ふと視線に気付くとちゅんはじっとからだ中を目にして耳をそばだてている。
そして我慢できない!というふうにばさばさと飛んでくる。

ことばの種類は違うのに会話ができるというのはすごいこと。
ちゅんと出会って、ひと以外の生きものがどんなふうにお互いとつながっているのかをなんとなく感じることができるようになった、気がしている。