かわいた魚 | アマヤドリ

かわいた魚


わたしのなかに、のどの乾いた魚がすんでいる。
でも何故乾いているか、その魚はしらない。

***

ことばそのものは感じていることに比べたらはるかに指し示す範囲が少ない。
わたしのなかにあるこのことはどのことばに換えればいちばん馴染むんだろう。どの単語がいちばん近い温度や色を持っているんだろう。
いつも迷っている。
いつも話すのに時間がかかってしまう。


そのひとは大きくて澄んだ、深い海のようだった。
たくさんのいきものをつつんでいる。
なにひとつおろそかにせず生みだされることばはたぶん、瞬時に選択されたものなんだろう。一番ふかいところからわきでてきたたくさんのことばから。
聞いているだけでここちよくて、ずれや、ひっかかりがなくわたしのからだの中にしみ込んでゆく。
あまり馴染むものだから頭を通過しなかったそのことばたちをかたちとして思い出すことが困難なくらい。

私はそのひとを、一番近いところから全身でみていた。
瞬きをすることもできずにただただ、受けようとした。
からだの中心、呼吸に近いところは締め付けられ、でもからだの中のたくさんの部分は世界にむかってひらかれてしまった。
そんなごちゃごちゃをそのひとのことばは丁寧に針で掬い、いっぽんにつなごうとしてくれているようだった。

友達を別にして、こんなに響き続けたことがあったかしら、と思う。
ことばの内容ももちろんだけれど私はそのひとの持つもの…辿ってきたこと、たいせつに育んできたこと、畳んでなかに仕舞ってきたこと…そのひとの存在に魅了されてしまった。


踊りを見る前にすでに恐いような気持ちになっていた。
ことばだけでこんなにすごいのに。
そして…
やっぱり踊った彼女はすごかった。
わけのわからない涙や息や、芯のちからや、そんなあらゆるものがからだから抜け出してしまった。


年末、彼女のワークショップを受ける。
すごくすごく、楽しみ。
たぶん私はそこでは無力。
でもそれでいい。
気張ることなくただ染まってこよう。

***

冒頭のことばは、レニという哲学者のことばだそう。
このことばをきいて、おどったり書いたり、伝えたかったり…こうして生きていくことがそれ以外のなんの理由もないのだ、ということにまた近づいた気がした。