道しるべのある森
ひさしぶりにゆったりできている日曜日。
ゆったりながら、遠出の予定が重なったから今日はひとり行動。
しらない街、ふたつ。
いつも思うのだけれど横浜に向かう電車に乗るひとは、東京の電車に乗っているひとの雰囲気とどこか違う。どこか家のかおりをさせつつ、ほんのりと上品なような。どこか近寄りがたいような。
少し、服のセンスも違う気がする。
たぶんその感覚は幼い頃横浜に住んでいた親戚のうちを訪ねるときの感覚に影響されているんだろうと思う。
いとこの女の子は有名なピアニストにピアノを習っていて、バレエも習っていた。いつもフェルト生地でできているようなあたたかみのある可愛らしいワンピースを着ていた。
お嬢様の集まる学校に通い、ごきげんよう、おばあちゃま、の世界のそのいとこはあまりにも女の子で、うまく意志疎通をできないまま疎遠になってしまった。
しらない街でケンタッキーに入った。
クリスマス気分をちょっと味わうためにも。
こういうファストフード店にはたぶんめずらしいことだと感じたのだけれど、店員さんがすべて40代より上のかんじで、のんびりとしている。
まだ早い時間なのに日差しが街を橙に染める。
確実に冬が近づいてくることと夕方が近づいてくることが重なって、切ないような、けれどあたたかいような気持ちになる。
夏にからだの外側で感じるすべては冬に近づくにつれてとじこもり、呼吸の生まれるところにゆきつく。
自分と世界が離れてゆくような気がするのはそのせいだし、空が高く見えるのもきっとそのためだ。
そして、わたし、という手の内の中に巣ごもりのようにとじこもっていろんなものの準備をする。
寂しいのにあたたかいのは、だからなんだと思う。
