ざわめきを生む、静止
ちいさなマグマをはじめてみるもののように眺めまわす。
ざわ、ともせず静かにとどまっているのに、いや、だからこそ奪うのか。
空の低い位置に強く光るシリウスを、今年はじめて意識して思わず立ち上がる。
ふいにそれまでずっと嗅いでいた淡い香りが消え、それがどこからきていたのか、と月明かりに呼吸をはじめた花たちをふりかえる。
ひとつずつ顔をよせて確かめようかと思ったけれどやはりやめておく。夢のように微かなままでいい、と思う。月明かりの下ではどの花もいろどることをやめて素肌でいるのだから。
記憶に縫い留めておけないほどかおりはほのかで、そっと目を閉じたけれどもういちど見失ってしまった。
だけどそれでいい、とまた思う。
このひかりがいっときもとどまらないように。
それでいい。
砂時計のかたちの星座の右端に薄く雲がかかっている。きっとこのまま返せば零れ落ちてしまうだろう。
こぼれた先を探している間にその雲はどこにも流れることのないまま、暗い空に溶けてしまった。
通り過ぎるものばかりのなかに私はいて、少しでもつかまえたり映しとったり押し止めたりようとやっきになっている。
ほんとうは私自身もそこに含まれているのに。
流れていることを感じるだけでいいのだと思う。そうでしょ?と、こんな日にはそう思える。
ときどき。
とりこぼすものも、しがみついた途端に剥がされてしまうことも、恐れなくたっていい。そして同時に恐れてみたっていい。この内側では濁流もしんと動かぬたまりも同じことなのだから。
けれど、とまた思う。
このどんと居座ったどうにもこうにも絵にならない岩を削り終わるのに、果たして私は足りるのか。
くすぶっているその火には触れられずにいるように。
そんなふうにも、やっぱり思う。
どうしてあの花は、虫たちが寝ているこの夜にかおっていたのだろう。
