ゆさぶるのはやっぱり。 | アマヤドリ

ゆさぶるのはやっぱり。


このごろずっとまた自分の周囲のほんの狭いところだけでぎゅっと凝縮してしまっている感覚があった。
空気も動かないし、芯のこともわからない。
もしかしたら、このがさがさした毛糸をほどいていったらずっとするすると毛羽立った枯れた紐が延々と、何もこのらないところまでとけていってしまうのではないかという気がしてきていた。
光がさすには、対象物がないといけない。
ひかりがゆき当たらないのはそこになにもないからじゃないか、風が運んでくるものがないからじゃないのかな、と、少し行き詰まったような気持ちになっていた。

いくどもこんなことを書いている。
やっぱりこの繰り返しなんだなぁと思う。
繰り返しが無駄だとはやっぱり思わない(思わないようにしている)ことは、救い。

もがくにも揺れる場所が必要なのに、うっと詰めた息のようにぐっと噛み締めた奥歯のように重く淀んでただそこにとまっている。
切実さがないからさらにたちがわるい。

だからといって、ここで固まってそのまま崩れてしまうわけもないんだ。
そのことがわかっているからこうして、反芻してみることができる。
探ってつめをひっかけて、揺るがして奥底の反応を見る。
ちょっとした、甘え。


雨だ。
今日の雨はきらきらしてる。

きっと不安だったんだ。
自分がほんとうにできるのかということが。


きらきらした夜道。